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 小学生の頃、日曜洋画劇場で見たビスコンティ監督「ベニスに死す」という名作。30年以上経った今も忘れることなく、2年前に映画館で観たときは、あまりの哀しさと美しさに涙が止まらなかった。仕事でベニス経由バッサーノ デル グラッパ 行きの話が出たとき、半日でも良いからそのベニスに足を留めてみたいと思い、その念願かなって今回の出張はフランクフルトからベネチアにまず入ることに。水の都にはどうやって入国するのだろうか? 空港がすでに水上? と想像をふくらませながら、ベネチア空港へ到着。空港からは知人の案内どおり水上タクシーとやらの乗り場に行く。案内人によると、ホテルまで行くのはタクシーの場合日本円で10000円程度、15分。一方バスでホテル近くのサンマルコ広場までだと3000円程度だが1時間かかる。暗くなった水上を1時間も走るのはもったいないと考え、タクシーに。といっても、水上なので、幾分不安。運転手? と私だけの二人きりの船旅である。あたりは真っ暗。異国のはじめての町でこの暗さは果てしなく不安な気持ちになる。陸の道を走るタクシーも不安であるが、水の道はもっと不安である。「転覆」という事故があるからか…指示されるまま船内に座ると、最高のスピードを出してそのタクシーは町に向けて出発した。威勢のいいモーターの音が頼りである。すると、ズドン! と大きな音ともに振動。何かぶつかったようである。…「大丈夫ですか?」と運転手はたずねる。小さいボートと接触したようである。しかし、そのタクシーは止まることもなしにビューンと町に向けて走り続ける。恐怖におびえていると…次第に前方一面にあの! あの映画やテレビで見たベネチアの町の明かりが見えてきた。水に浮かぶヴィラ、BAR、寺院…すべてがライティングされ、とても美しい。幻想的でもある。さすが国際観光都市ベネチア…。船はそのまま大きな海から運河へ入り、小さな小さな水路へ進む。両岸にアパートや教会…。小橋を渡る人が手を振る、ちょっと「リトルロマンス」のような気分にもなる。しかし、不思議である、すべてが水上という印象である。家屋の下はどうなっているのだ? そんなこんな思いを張り巡らせているうちに、不思議なウォータートリップは幕を閉じ、ホテルに到着。そのホテルもやはり水辺が見える静かなホテルであり、これまで訪れた現代都市のホテルとはまったく様相を異にした、クラッシックなたたずまい。時間が止まったような、映画の中にいるような錯覚すら覚える。興奮の中で眠れぬ一夜を過ごし、翌朝、元気に早起きして、限られた3時間あまりを散歩に費やす。朝のベネチアは、夜のそれとは全く違い、より現実性を帯びた景色となり、生活リズムを取り戻す。この町ではやはり船が主な交通機関である。
映画「ベニスに死す」の舞台は、このベネチアの「リド」という海岸リゾート。今回はそこまでたずねることはできなかったが、物語に登場するサンマルコ広場など、懐かしい場面をいくつか現実にこの目に収めることができた。頭の中ではマーラーの5番が流れ、あのビヨルンアンドレセンのような美少年はいないかとつい思ってしまうほど、あの40年前と変わらぬ風景であった。
この町から、ヨーロッパの冒険家たちがアジアへ旅をし、幾多の重要な産物や文化がアジア方面へ伝わった。ベネチアはその昔、観光ではなく貿易で栄えた国際商業都市であった。その名残は現実にはあまり実感しないが、建造物を支える柱が黴ついている様子を見ると、この水上商業都市は、まさに水とともに1000年以上の時を過ごしてきたという事実に納得し、水との共生をしてきたこの町の人々に敬意を表してしまう。
ホテルから電車の駅まで、またまた水上タクシーを使う。景色は抜群である。すれ違うタクシーのドライバーたちが携帯電話で話をしながら操縦をしていることが、大変印象的であった。(最近、イタリアにも携帯文化がかなりの勢いで入り込んでいる。)ベネチアの鉄道駅は、予想よりこじんまりしており、古めかしい。ここに来るとやっと地に足が着いたという感覚を覚える。
わずか半日のベネチア滞在を経て、電車に乗って約1時間で美しい城下町アゾロに向う。この町では、中世そのままの建造物に出会い、その周囲のショップやレストランを訪ね、このローカルな観光地の中で、静かに伝統を見守りくらしている住民の姿を垣間見ることができた。
その次に訪ねたバッサーノという町では、家具の工房を訪問したが、新しい商品に、敢えて古く見える仕上げを施し、価値を高めようとしている独自の手法、ビジネス感覚に驚いた。家具だけでなく、ランプなどの調度品もすべてそうである。新品であるけれど古いデザインの方が味がある。古いものこそ価値がある。その加工のこだわり次第で、その商品の背景やそのスタイルが流行した当時を偲ぶことができる…。その考え方は大変新鮮であった。日本人には「古く見せることの価値感」はあまりないと思われる。もちろん骨董品などは存在するが、ここで見た家具は骨董品ではない、骨董風の新品高級家具なのである。これらのカテゴリー商品の日本市場参入が今、始まっている。いいものがわかる…それが日本人の特性であることをイタリア人も知っている。
今回はバッサーノのあと、ナポリ旧市街地での有名ピザ店の訪問(クリントンも行ったという有名なピザ屋)、ホテルラウンジでの生演奏経験、ナポリ〜ローマの電車移動などいろいろ稀有な体験をすることができ、それぞれの場面からビジネス的視野もずいぶん広がった。
今となってもっとも新鮮な思い出は、帰りの機中で隣に座ったポーランド人の青年との出会いである。日本初来日というその彼に、大好きショパンの同郷人というだけで、私はかなり興味をもち話を続けた。その結果数日後に銀ブラに同伴、和食体験まで一緒に行った。この偶然的出会いが彼の心に響いたのか…先日、ポーランドからメールが届き、私の仕事に役立つ情報があれば、送ってくれるという。

ずっと「ベニスに死す」のような、全てが映画のようなロマンチックなイタリア紀行であった。
今を大切に生きる姿勢をなくさないよう、常にあの水上世界を頭にインプットしておきたい。また次回訪問時にはリドへ出向き、美少年に恋をしている紳士はいないかさがしてみたい。