銀座5丁目に55年以上も続いた文具屋がある。かれこれ5年にもなるだろうか。ここの経営・マーケティング・営業・広報…支援をさせていただいてきた。すでに多くの業界では「売りの構造」が変わり、いくら生活者にもっとも近い小売業といっても、その意味を深く問い直し、自らが変革を起こしていかねば生き残れない時代となってきた。
通販や100円ショップで文具が買えるようになった時代。従来型の文具屋はこれらの量と価格のパワーに押され、苦しい状況に追い込まれてきている。また大手のメーカーは大胆なダイレクトコミュニケーションを展開し、個人はもとより法人市場にまで参入している。
そんな現状のなかで、その文具屋は「書斎倶楽部」への業態転換を決意した。
町の便利な文具屋から「書斎」をテーマにした顧客参加型のニューコンセプトショップへ…。「書斎」とは、大人の男性の憧れであり、究極のプライベート空間である。そんな大人の男たちの夢である「書斎」をテーマに、心豊かな毎日を過ごすための楽しいモノ・コトがあふれる空間を作ろう。というのが今回の狙いである。メインターゲットはアクティブな大人。まさに現役中でばりばり仕事をする人も、引退して時間的にゆとりのある方も、またその方たちの周囲の女性軍ももちろんターゲットである。そんな「違いのわかる人々」に満足いただける店とはいかにあるべきか…。
企画から開店まで実質3〜4ヶ月の短期戦であったが、その間、今回のプロデュースを担当するに際し、感じたこと、学んだことがあるので、ここではその一部を記してみたい。

1.長年やってきた店をどんな理由であれ、クローズするということの意味
今も忘れられない。旧店舗は昨年12月のクリスマスをもって閉店となった。最終日はオール半額の売りつくしセール最終日である。私も今日は最終日との緊張感でもって店頭に立ち、開店時間から閉店時間まで呼び込みに専念した。
これまで幾多の仕事(バイト含め)をしてきたが、店頭呼び込みはすぐに反応のわかる仕事である。「本日限りの大売出し。当店は改装のため、本日にて営業を終了します」と、遠くの通行客に聞こえるように連呼する。声も枯れる。
その声につられて、お客がどんどん店に入ってくる。中には道の反対側から、信号を引き返して…。1日で何回も来店する人も…。呼び込みの効果がこんなにあったとは。とにかく最終日は朝から閉店時間まで店内は長蛇の列。こんなにたくさんお客さまがいるならば、今日まとめて来てくれなくても、これまでに万遍なく来てくれたら、店を閉める必要もなかったのに…との複雑な思いも湧いたが、その日、店は50余年の営業日で開店以来最高売り上げを作り、最終日らしい結果を残して、閉店となった。
「閉店セール」というと、前向きな印象ではない。事業縮小ではなく、改装のための、前進のための閉店であるということを必死に伝えたがっていた社長の苦渋の表情を今も思い出す。50年以上続いてきたものを一度整理するという行為は、最初から作り出すことよりも、思いが詰まった分だけ、「重く」苦しい仕事なのかもしれない。その重さをずっしり感じた閉店セールであった。

2.海外へ買い付けを開始、バイイングの難しさを実感
もともと海外遠征の多い私はこのニューショップで販売する商品の企画も兼任。
「こだわり商品」を内外から集める仕事をはじめることに…。アメリカ、イタリア、上海・・岐阜、京都、佐賀…。ビジネスショーでの情報収集、その場での商談、買い付け、紹介による面談、発注…。商品を選定するという仕事は大変気を遣う。店のコンセプトにマッチするものを自分の「眼」責任できちんと見極めなければならない。そして、この商品はお客様に喜ばれるものかどうか…。そして一番大事なのは「仕入れたものがすべて売れるかどうか」である。必ず売れるものを仕入れるということは、難しい。とくに、今すぐ必要なものではなく、ワンランク上の贅沢品の場合は「あれ、絶対に欲しい」と思わせる商品的魅力が必要である。改めてバイイングの難しさを感じながら、珍しいものをひたすら探してドサ回り。商品の見極めは、ひたすらその買い付け者の感性がポイント。マーケティングセンスが問われる仕事と痛感。しかしながら、自分が惚れ込んだ商品がイメージどおりに店頭に並び、そしてお客様に興味をもっていただけ、そしてお客様にお買い求めいただける現場を見ると、なんともいえないうれしさがこみ上げる。これはメーカーからの提案を受け、発注したものが売れるのとはまた違うのである。ひとつひとつにストーリーがある。どこでなぜ?という理由がそれぞれにある。それを店頭で紐解いて、お客様に感動を与えることがこれからのショップの意義だと思う。
リュックだけでなく、リスクを背負った仕事だからこそ、精神を集中させ、感性を働かせ、行わなければならない。今回は改めて、「商品の価格」についても勉強する機会となった。コストと売りたい価格…このバランスがポイントである。問題は、自分がよしと思うものは、海外でもそれなりの価格であるという点と、少量の仕入れは問屋を通じて行うことが難しい。結果、店頭での買い付け品となってしまう。量と質の関係を考えさせられる仕事である。

3.何か予感のある場所には自然と人が集まる
2月末にこの書斎倶楽部はオープンした。書斎に関する家具・文具・小物の展示販売(ショップ)、作品の展示販売(ミュージアム)、書斎生活を楽しくする教室(文化サロン)。この三本柱で構成した書斎倶楽部。
商品自体も、思わず1点1点見たくなるようなこだわり品を内外から集め、展示も書斎にふさわしいクオリティーの高い作品を展示することができ、そして篆刻などコミュニケーションのためのモノづくりを学べるサロンもスタートした。書斎倶楽部という看板につられ、興味深そうに中に入りたがって、でも恥ずかしがって通り過ぎる紳士、でも何か中にあるものが面白そう、気になる…と中に入ってこられるビジネスマン、新しいもの好きの主婦…これまでの客層とは違う人々が来店される。そして、一方では「これまでの普通の文具はないの?」といらいらしながら、出ていかれるお客様…。
業態が変わったのだから、当然客層も変わっていく。今はまさにその移行期間であるが、実際、客層は変わってきている。客を選ぶ店といってもいいかもしれない。店の外から空気を感じる。ここには何かありそう…そんな予感をもつ人々が足を踏み入れる。

素敵なお店とはお客様とのコミュニケーションの場を提供できる空間である。そして、お客様を幸せな気分にすることができる空間である。それはたやすいことではなく、日々のこまかい部分での気遣いが前提である。マスコミにも取り上げられ、話題の店になりつつあるが、何のためにこれをしたか。生き残りのためである。であるから、この新しいカタチに安住するのではなく、日々瞬間瞬間を緊張して、店を耕していかねばならない。
銀座書斎倶楽部…これからの人生にとって新しい出会いがみつかる店でありたいと考えています。どうぞ、足を運んでみてください。あなたの心の引き出しになれるお店を目指します。
銀座5丁目、机のマークが目印です。お問い合わせはmahsa@ops.dti.ne.jpまで。