気がつけば、40代から50代前半の二代目経営者とのおつきあいが増えている。当通信52号で書かせていただいたマドレーヌ事件は、結果的に京都の洋菓子屋の社長との出会いを創ってくれた。今回は、その出会いから得た感動のドラマとそこから感じたことを綴ってみたいと思う。
 今、洋菓子業界は低迷している。私たちが子どもの頃、ケーキといえば、誕生日やクリスマスにしか食べることのできない「特別な」食べ物であった。
30年経った今、日本は名実ともに豊かな経済大国となった。不景気であるといっても、贅沢なくらしをおくっているのが現代日本人である。洋菓子も例外ではなく、いわゆるデパ地下・ホテイチ・パティシェ・スィーツ……という言葉が流行し、どの売り場でもおいしそうな、そして実際にもおいしい洋菓子が売場を彩り、行列ができる店も少なくない。また、一方でコンビニも最近ではデザートに力を入れ始めており、安価で美味しいケーキがいつでもどこでも手に入るようになった。私たちが子どもの頃には、ケーキ屋のNBといえば、不二家が市場のリーダーであり、関西ではタカラブネであった。しかし、これらは時代の変化に対応できずに、経営不振・破綻に追い込まれていった。
 さて、話を戻そう。京都で創業30余年、地元の人々に美味しいケーキを提供し続けているバイカル。フランス菓子なのに、どうして「バイカル」なんだろうと思っていたが、そのネーミングの由来は創業者の青年時代のパリ修行時代に遡る。彼を心から支援してくれた白系ロシア人が「日本に帰ってケーキ屋を作るんだったら、自分の故郷にある素晴らしい湖『バイカル』という名前をつけたら?」とアドバイスしたことに拠るという。その創業者はとにかく、本物の美味しい洋菓子をお客様に食べてほしいということで、創業時より材料と技術に徹底的にこだわり、海外にもよく出かけ、見聞を広げ深め、「これまでにない美味しいケーキ」を作り世に出した。たとえば、生クリームを使ったケーキを日本ではじめて作ったのはこの会社らしい。このケーキを売るために、はじめて冷蔵のショーケースも採用、フレッシュケーキを最初に開発したのはなんとバイカルだったのだ。商品に関して常に社員同士を戦わせ、妥協のない最高の商品を創り続けることに集中した。業界のコンテストでも入賞を独占した時代が続いたそうだ。そして、創業者は商品だけでなく、販売にもパイオニアとしての能力を発揮した。実は、私がこのケーキ屋をずっと好きなのは、美味しいからだけでなく、サービスという点で優れた会社であることを知っていたからだ。たとえば、この店で買い物をし、お金を払ったあと、商品をショーケース越しに渡されることはない。販売員が奥から売り場に出てきて、ドアのところまで来てくれて、そのときに「どうぞお気をつけてお持ちください」といって商品を渡す。そして見送ってくれる。
また今どきの言葉で、コンシェルジェだとかいっているが、何もこれは最近始まったことではなく、きちんとサービスを志す人・企業は何十年も前からそれを学び、実践している。このバイカルでもその姿勢をずっと貫いている。この社風を作り上げたのはまさしく創業者の志であった、美味しいお菓子をいかにお客様においしくお届けできるかというこだわりの追求であったのであろう。……と、書き出せばキリがないほど、マドレーヌを復活してくれたバイカルには、他人の私でも思わず語りたくなる伝説がたくさんある。こんな素晴らしい企業であるということを、教えてくれたのは創業者のご子息である二代目社長である。社長業を継いで2年。彼は、この低迷といわれる現状をいかに打破するかということについて真剣に日々格闘している。バイカルの各お店には工房が必ず併設されている。作りたてをそこで売るという考えだからだ。だから、店同士の交流は少ない。店としてのバイカルを感じることはできても、ひとつの企業体としてのバイカルを理解・体験する機会が少ない。若社長は各店で働く社員・パート全員で「バイカル」という会社・ブランドを再確認できる場を創ろうと考え、昨年8月にはじめて全社員・パートを集めて全社イベントを企画・実行した。これが「バイカル末広がりフェスタ」である。京都・大阪・奈良に10店以上の規模で営業している当社にとって、1日でも店を閉めるということは大変苦しいことではあるが、それでもあえて、テナント以外の店を終日休業として、スタッフ全員を一堂に集めた。そして上に書いたようなことも含め、「もともとバイカルという会社はどんな思いで生まれたのか。どうあるべき会社なのか」について、社長が熱く語った。このときのテーマは「復活。リバイバル(リバイカルともいうそうだ)」。
先日ビデオをお借りしてそのときの様子を拝見したが、社長の真剣さが全社員に沁みていることがよく理解できる内容であった。こんなに自分の考えを社員にわかりやすく、きちんと語れる社長がいるんだと感動さえ覚えた。まさに二代目がはじめた新しい挑戦の一幕といえる。
 そして本年5月。この「末広がりフェスタ」を今年もまた開催されると聞く。「よろしかったら客観的な視点での応援スピーチをしましょうか?」と提案し決定。今回のテーマを社長と一緒に考えた。そして決めたのは「CHANGE CHALLENGE CHANCE」。語呂合わせがお互いに好きなので3Cということにした。
さて、マドレーヌ事件でこの会社と関わらせていただいた珍客は、なぜかその会社の全社員・パートさん総勢150名の前に立つこととなった。場所は京都駅前のホテルのバンケットルーム……。ケーキの名前が付けられた丸テーブルが15〜16卓、場内は年に一度のイベントということで緊張感に包まれている。まず最初に、社長が20分のスピーチ。私の持ち時間は90分。「地域一番繁盛店になるための3C作戦」というテーマでパワーポイントを用意し、私は今回のマドレーヌ事件から話をはじめた……。好きな商品を復活していただいた感謝の気持ちを伝えた。そして本題へ入っていく。緊張をほぐすため、いくつかの質問を場内に投げかける。対話が生まれ、笑いもとび出る。眠る人もいなかったようだ。いつ指されるかわからないという緊張感が場の雰囲気を創ったのかもしれない。また、こちらが発する言葉をメモする姿が目に入った。60枚余りのスライドを使い、スピーチは無事終了した。
講演後、社員やパートさんたちとの交流時間ももてた。皆さん、喜んでくださった様子が伝わってきた。「私たち主婦にはこういう機会はないので、お話きけてよかったです」といってくださる同世代のパートさんもいらした。社員さんからもいろいろ質問をしていただいたり、感想をいただいた。このイベントの主旨は会社がひとつの方向に向かって一緒に進んでいくベクトルを再確認するということであったと思うが、その大切なことに少しでも関われたことが本当にうれしかった。
講演の翌日以降、何人かのパートさんと社員さんからメールと郵便が届いた。それぞれの思いを綴った内容であり、これにも感動した。
今回は創業者の妻であり、バイカルの創業を縁の下の力として支えてこられた現社長の母上にもお会いすることができた。
「若い子たちに昔の話をすると嫌がられるのですが、今日お話を社員たちの前でしていただけたことは、本当にうれしかったです。若い方にバイカルの良さを知ってもらえてこんなに嬉しいことはないです」といってくださった言葉が今も忘れられない。
この若社長との会話で今も心に残っていることば……
「私たち洋菓子づくりに携わるものとして、お客様に『わくわく買い物』をしていただけるということが最高の喜びです」ーー 世間には、同じ買い物でも『わくわく買い物』と『いやいや買い物』があるからだそうだ。確かにそうだ。『わくわく』につながる仕事は楽しい。全く同感。
さらに「この商売ではグローバルはありえない。べったべたのローカルしかない。自分はこっちを目指そうと思う」ーー これも大賛成。ケーキ屋だけでなく、他の商売でも当てはまる。チェーン型のビジネスをしている企業であっても、個店を見れば地域での勝負である。
 最後に今回登場したバイカルや過去に書いた銀座の文具屋の社長のように、各地で奮闘している二代目社長を心から応援したい。
企業経営のバトンタッチが頻繁に行われる昨今、とくに世襲である場合は、親である創業者の魂をどこまで、いかに輝かせ続けることができるかという使命が理屈を越えた世界にある。
二代目であれ、何代目であれ、実際はそれぞれがその時代における創業者であると思う。なぜならば、その時代に対応した「業」を創らねばならないからである。引き継ぐ、受け継ぐだけではその企業は勝ち残れなくなっているのだから……。
……とここまで書いていたら、またあのマドレーヌが食べたくなってきた。京都まで電話して、送ってもらおう。