タクシーは私の大事な『足』
会社員時代、タクシーに乗るのは、深夜残業で電車がなくなったときか出張のときに限られていた。自分の財布からタクシー代を出すというのは、考えにくかった。しかし、最近では深夜や早朝の移動はもちろん、重い荷物をもっての見知らぬ国や街中での移動に一番安心な交通機関として、とくに運転免許をもたない自分にとってタクシーは、大変重要な「足」である。もしかしたら私は、タクシーにまつわる思い出をわりと多くもっている方かもしれない。

京都時代はクローバーマークとMKを愛用
物心ついて、タクシーを意識しはじめたのは、京都ではじめての一人暮らしをはじめた時のことだった。ほとんどタクシーに乗る必要のない生活をしていた私も、自分のくらしに絶対の安全と安心を確保しなければならないという課題に直面した。はじめて京都に住み始めたとき、地元の友人にたずねた。「京都にはタクシーがたくさんあるが、どれに乗ると一番安全か?」この問いに対し友人は四葉のマークとMKタクシーを挙げた。それ以来、私は、深夜までつきあいがあるときは友人のいいつけを必ず守って、その2社のタクシーを利用するよう心掛けた。はじめて一人暮らしをする女子大生たちは、今もそうだろうか。これらの会社の信頼性は今も変わっていないだろうか。久ぶりに京都へ出張したりすると、妙になつかしく、真面目な勤労学生だったあの頃を思い出すのである。それにしても、京都ほどタクシー会社の競争がはげしい街は世界でも類をみないのではないか?今では、それらのタクシー会社も観光だけでなく、関西国際空港までの送迎ワゴンサービスなどを行っているそうだ。

深夜残業でのタクシーは癒しの話し相手
東京で会社員をしていた頃、週の多くはタクシー通勤であった。電車がある時間に帰れない。終日、打ち合わせや書き物に疲れ、24時を過ぎると走って最終電車に乗る元気も失せてしまう。その日に最後の力をふりしぼってできるのは、まあいいか!と路上を往くタクシーを止めること。幸い、深夜料金でも3000円程度で帰ることができる距離だったのよかった。(余談であるが、一生懸命働いて稼ぐ残業代は、マッサージ代とタクシー代に消えるので当初、空しいような気もしていた。)仕事で取材を多くする機会があるせいか、知らない人と話すのが面白いと思うことがある。運転手さんも3人に2人は話してみると面白いことが多い。ただ黙々とハンドルを握られるよりは、会話をしている方がこちらも安心なときがある。(但し、疲れているとき、あんまりおしゃべりな運転手さんだと生返事をしてしまうが。)今、思い出すといろんなドライバーに出会った。ときには仕事に疲れる自分を励ましてくれたり、愚痴をきいてくれたり、重い荷物をいっしょに運んでくれたり、出張に出かけるとき手を振って見送ってくれたり。また、ある時はなぜ、自分がこの仕事をするようになったかを話してくれ、いかにお客さんに喜んでもらうのが好きで自分がこの仕事をしているかを語ってくれたり、離婚してから自分がどんな生活を送っているか、また趣味の話を聞かせてくれたり…。また、毎日何時にどこへ行けばどんなお客様がいるかをつぶさにリサーチし、実行しているドライバーもいた。その方はマーケティング発想のドライバーで、どこにタクシー需要があるかをよく観察しているので、驚いてしまった。また、本当に礼儀正しく、タクシーは運送業ではなくサービス業だと実感させてくれたドライバーも数多くいた。そういう方たちとは、なぜか別れがたい。
そうそうこんなこともあった。たまたま何かの弾みで、車中で自分がなぜ会社員をやめたのか、なぜ結婚しないか、なぜ今仕事をしているかを話す機会があった。わずか数分のことであったと思う。すると、運転手さんは『お客さん、私は今日、お客さんの話をきいて、明日で会社をやめることに踏ん切りがつきました』といわれたのである。これまでいろいろ悩んでいたが、これで勇気が沸いてきたというのである。私が車をおりてからはその後どうなったかはわからないが、何かを悩んでおられ、迷っていた方だったのであろう、ひとりの乗客の話で人生を決断されてしまうと責任重大であるが、まあ人生にはそんなこともある。『遊びですか。出張ですか』から始まる会話からそんな結論になることもあるのだ。書き出せば本当にキリがない。記念に名刺を欲しいといわれたケースもあった。また実際何人かのドライバーからお葉書をいただいたこともある。趣味でされている個展の案内をいただいたことも…。タクシーは単なる移動手段ではなく、これも出会い、発見の場であると思うと心躍る。

台湾のタクシーでは演歌大会
日本のタクシーは世界で一番安心だと思う。海外旅行をする際は、国によってはタクシー選びにより慎重になる。台湾では夜の女性の単独でのタクシー利用は危険だといわれている。ホテルでタクシーを拾うとき、ホテルのボーイはタクシーのプレートナンバーをカードに書いて客に渡す。『このナンバーの車を確かに用意しましたよ』という確認のため、そしてそれは『この客はあなたの車のナンバーを知っているから、きちんと送り届けてください』というドライバーへの確認のためでもある。日本にはない習慣である。なるべく夜の単独でのタクシー移動は避けているが、それでも必要なので、どうするか。最近は、1回乗って運転面、人柄面、所属している会社などから安心できるドライバーをみつけ、毎回電話すれば、迎えにきてもらえるような方法もとるようにしている。言葉はカタコト同士でもそこから伝わってくる雰囲気、内容でその人がどんな人なのかは理解できる。
台湾のタクシードライバーは市内から台北国際空港まで客を乗せるといえば、売り上げも立つし、喜んで予約に応じてくれる。私が今、気に入っているタクシードライバーは陳さんである。彼は黄色のタクシーではなく、黒のベンツで迎えにきてくれる。しかも値段は黄色のタクシーと変わらない。そうこちらのディスカウントリクエストにも応じてくれたのだ。(どこへいっても一度は値切ってみるものである。これは実感!)
言葉が十分に伝わらないので、カセット(CD ではない)を流してくれる。すると、気を遣ってか日本の演歌が聴こえてくる。テレサテンがかかることが多い。そこから鼻歌大会が始まる。仕事で疲れたり、気分がへこんだ時もこんな時間をもつことで、すっかり回復したりする。陳さんも嬉しそうにハンドルを握っている。彼は4年前までガム会社のセールスマンだったそうだ。。