思えば高い家賃を払っているぞ
ここ1年ほど、毎月1回から2回の出張があり、よく考えると自分のアパート(マンションとはいい難い)で眠ることは月の3分の2ぐらいであろうか。もともと大変お安い部屋を借りているのだが、それでも昔に比べたら一晩あたりの家賃が高騰している。その代わり、ホテルに泊まることが多くなった。サラリーマン時代の出張時には、いかにホテル代を浮かせるかがポイントだった。もっとダイナミックなことに気を使えばいいのに、決められた予算範囲で泊まれと言われるとその中でいかに賢くおさめるかに注力するのが私の会社員時代の習性であった。
しかし、今は24時間365日の人間コンビニの生活となってくれば、ホテルに泊まるときも単に寝るだけではもったいない。いかにサービスを利用し、それを次に生かすか。そう思うと、ホテルに滞在するときも大切なマーケティングリサーチの時間になる。仕事と思うと苦痛であるが、これが好きとなれば一石二鳥。ホテルはパラダイスだ。たまには多少高いホテルに泊まって、快適な思いをしてみること。これはサービス業に携わる者にとっては大変貴重な時間となる。最近は意識していろんなホテルのサービスを体験することにしている。
この2ヶ月をふりかえる。この間に利用したホテル。田舎の両親たちが上京するというので予約したシェラトン東京ベイ、京王プラザホテル、(もちろん私は宿泊していないが飲食で利用)、ゴールデンウィークはウェスティン東京、散歩ついでのフォーシーズンホテル。(ここの庭は穴場である。勝手にマイガーデンと呼ばせていただいている。散歩のあとのアフタヌーンティーもこれまた格別)続いて香港シェラトン、ホンコンホテル、台湾の国聯ホテル、銀座東急ホテル(残念ながらもうすぐなくなってしまうがあそこで売っている札幌東急ホテルのミルクパンは最高に美味しい)、京都駅グランヴィア、東京駅ステーションホテル・・・・・・。ちなみに最近マッサージで気に入っているのは台北のウェスティン、垢すりのおすすめはソウルのチョソンホテル(これもウェスティン系列)。挙げ出したらキリがない。
ホテルとは、もともと病院ホスピタルと語源が同じで「ホスピタリテイ」。おもてなしを受ける場所という意味らしい。泊まるところという意味ではない。であるから、ホテルといえば宿泊以外にも飲食、会議、待ち合わせ、打ち合わせ、お見合い?(最近は減った?)、婚礼、パーティー、スポーツ、エステ、ショッピングなどなど多様な用途に利用できる。最近ではお葬式をしないでホテルでお別れ会をすることもあるようだ。ホテルは今や人生のあらゆるイベントに欠かせないステージとなっている。
最近では館内に郵便局やコンビニをもつホテルも出てきたり、ギャラリーを併設していたり、さまざまであるし、実にホテル主催のイベントが多いことか。次から次へと企画するのも大変だろう。また会員組織もあれば、例のマイレージサービスをもつホテルも多い。外資の参入もあり、東京のホテルも乱戦状態といえるだろう。
SOHOしている者にとっては、ホテルのロビー、ラウンジは貴重なミーティングスポットとして活用できるし、大切なお客様をおもてなしする際にも利用できるので、自分の応接室代わりにあれこれ試してみるのがいいと思う。

1週間で6つのホテルに泊まった貴重な経験
旅や出張では、ホテルを活動の拠点とするため、重い荷物をひきずってあまり余計な移動はしたくないというのが本音である。私もこれまでは特に慣れない海外の場合、ホテルを点々とすることはなかったが、最近は同じ都市に2泊以上する時、場合によっては1泊づつホテルを渡り歩くことがある。とくにニューヨークではそんなことが何回かあった。一応日本で予約は入れておくのであるが、実際泊まってみて騒音がうるさい、眠れないなどの場合、近くの別のホテルを探して移ってしまう・・というわけだ。最近は、安ければ何でもよいという考えはない。いくら払っても「不満足」が残ることが耐えられない。そうであれば、多少の出費をしても「満足」を得たいと思う。疲れが癒されないならホテルに泊まる意味がない。
さて、このたびイタリアとフランスへ旅したが、今回は1週間の滞在で6件のホテルにお世話になることができた。まずは、ナポリのサンタルチアホテル。港に面した港町ナポリの情緒が味わえるホテル。朝食に「サンタルチア」「オーソレミオ」などの地元のカンツォーネがBGMとして流れていていたのが、心地よかった。次はローマのエリセオホテル。4ツ星にしては、客室が狭すぎるがこれも朝食をいただくレストランが6階の最上階というのがいい。窓からサンピエトロ寺院や森の木々の揺らぎが見えるというのは何とも贅沢。続いてそこから歩いて2分のエクセシオール。ローマで代表的な伝統的なホテル。バスルームがとにかく広いのがうれしい。入り口から部屋にたどりつくまでが遠い!という感じがするぐらい広いホテル。ラウンジでイタリア映画の音楽を奏でるピアニストがショパンに少し似ていたのが印象的。また、コンシェルジェのおじさんもラウンジのホストのお兄さんも気さくにお客に声をかけてくるのがイタリア?的。続いてパリ。いつも泊まっていた日本人夫婦が経営する3ツ星ホテル。ここはもう疲れた身体を休めるだけのホテル。余計な空間もサービスもない。パリの3ツ星以下のホテルのエレベーターは人ひとり乗れるのがやっとというくらい狭い。余計な移動スペースには場所をとらない。いつもこのエレベーターが止まらないか不安で仕方ない。翌日はシャンゼリゼ通りに近い、プランスガレホテル。4ツ星であるが、5ツ星級。豪華な内装で一歩足を踏み入れただけでフランス貴族気分を味わえる。部屋も白に金をほどこした内装。夢見心地の一夜が過ごせる。その代わり、あとは思い出を胸にフランスパンだけの食事になることを覚悟して。最後はパリらしい伝統的なヨーロッパ風のプチホテル。これがなかなか良かった。各部屋の窓には赤い花の鉢植えが置かれ、それだけでも楽しい。部屋はそれほど広くないが、内装もきれいで、またサービスもアットホームだ。今回は、バリエーションあふれるホテル住まいで楽しかった反面、そこにたどりつくまでは少々不安でもあった。ホテルの価値が旅の価値を決定するからだ。もう一度訪れないと思うホテルと二度と訪れたくないと思うホテルはどこが違うのだろうか。私にとってはとにかく「快適」であるかどうか、各ホテルのこだわりや思いはもちろんそれぞれ違うが「おもてなし」という気持ちがどこまであるかないかで決まってくる。
ホテルを利用するということは、少なくとも「ハレ」なのである。非日常なのである。
その気分を味合わせてほしい。お金をかけるということだけではない、心をかけるということである。相手に合わせた対応をするということである。
そういう意味では、今回最後に泊まったプチホテルでは歩き疲れて23時半すぎにホテルに戻った私を「おかえりなさい」と笑顔で出迎え、お茶を入れて出してくれ、翌日の出発の時間を確認しモーニングコールを手配してくれた。そこまででも充分なのであるが、翌朝通常の機械音のモーニングコールののち、30分後に再び電話をくれて「MASAKOさん、起きましたか?ぐっすり眠れましたか?それでは今日いい旅をしてくださいね」と声をかけてくれたのが最高に嬉しかった。生の声のモーニングコールである。こういう小さなことが旅をぐっと楽しいものにしてくれる。次回も絶対あそこを利用しようと思っている。
どの世界のビジネスでもそうだ。マニュアルどおりにしているだけではお客は満足しない場合もある。そのスタッフのちょっとした一工夫、気配りがあるかないかで客はファンにもなるし、嫌いにもなる。
ホテルフリーク?になりつつある私の今の願いは、歩いて3分で行ける高級ホテルに一度泊まってみること。そこで原稿などしたためてみたい。しかし、それは高い原稿料がいただけるような仕事がみつかってからだ。いつになることやら。
ホテルを利用する・・・そこには素敵な時間を過ごすために人々が集う。サービス業は人の「時間」をお預かりする責任重大なビジネスだ。
だから面白い! 21世紀はホテルにも注目! と思うのは私だけか??