昔から自分に向いていると思っていた職業は教師。確か中学生時代に自分の職業の適正をみつけるテストのようなものがあったが、そのときには教師・宗教家・芸術家・政治家という結果が出て、人ってなんにでもなれるんだなあと思っていたが、実際にはそのどれにもはまらない仕事についている。ただ、教師といってもいろんな教師が存在するし、現在の自分の仕事でも、人に何かをお伝えする、発信することが仕事である講師・アドバイザー的な役割もあるので、ある意味では教育的な仕事をしているともいえる。
自分が関わることで人の行動や意識が変わることを実感できることはこの上なくうれしい。そのために毎回の講演・研修には毎回手抜きをせず、準備をしてはいるつもりであるが、最近気づいたことは、教えるというのは決して「テクニック」ではないということである。
そのことを改めて気づかせてくれたのが、ニューヨークの歌の先生、Mr.MARIO。彼はもともとはNY在住で、お仕事のパートナー 兼 本職歌手というYUKAさんの歌の師匠さんである。MARIOさんとYUKAさんは10年以上の長きにわたってのおつきあい。レッスンを受けるだけでなく、ともにライブ活動もしているという濃い関係である。60歳になり、いきいきと素敵に歌い続けるYUKAさんの声を聴き、この方は一体どんな先生にどんなレッスンを受けているのかと興味が涌き、無理を承知でそのレッスンの現場を見学させていただいたとき、一度でよいから自分もぜひそれを受けてみたいと思ってしまった。それは、マリオ先生の的確で包容力に満ちた教え方に心底惚れ込んでしまったから。
再び無理をいってレッスンをお願いした当日がやってきた。わずかな滞在時間の中でもっとも緊張の時間である。そのとき3曲のレッスン曲を持参した。生まれてから人の伴奏で歌ったことはない、カラオケか自らの弾き語り。でも、ピアノを弾きながらの歌唱は結構なハードワークで、できれば誰かに伴奏してもらって歌いたいと思っていた。その日はそれがかなった。しかもプロのジャズピアニスト・・・。
自分では馴染みのナンバー「テネシーワルツ」を、初めてネイティブ中のネイティブの先生に聴いていただく。横にはプロの歌手YUKAさんも控えておられる。キャー、私の英語の歌って・・・。笑われるのでは?緊張・・。でもここまで来たのだから、さあ、自信をもって・・・。と自問自答。
最初に得意なKEYで歌ってみる。MARIO先生の伴奏は心地よく、声が伸びる。
ひととおり、歌い終わると「OH! GOOD」といってくれる。
一応、褒めていただけてホッとする。そのあとが肝心。先生はいろんなKEYで同じ歌を歌うように促す。なるほど、これまでひとつかふたつのKEYでしか歌ったことがなかったが、少しKEYが変わると自分の世界が変わったように感じるのだ。「あなたのKEYは、FかF♯かG。単調な曲だから途中で転調して変化をつけるとよいです」なるほど。自分の声にもっとも合った調を探すというのはとても大切なことなのだ。続いてクリスマスソングの名曲「ホワイトクリスマス」を歌う。歌い終わってから「あなたはこの曲をどんな風に歌いたいか」と問われる。つかさず「ロマンティックに歌いたいです」と答える。ロマンティックには歌った覚えがないが、そうなるといいなと思ったので・・。
先生は「では・・・・」ということで、またその歌い方に合ったKEY探しをはじめる。ロマンティックに歌いたいときはこれ、大勢の前でダイナミックに歌いたいときはこちら・・・。そうだ、場面により、歌い方により調が変わってよいのだ。これも納得。さらに、白鍵のKEYと黒鍵のKEYとはその醸し出す世界が違うということも教えていただいた。OPENに豪快に元気に・・・のときは白鍵KEY,ちょっとしっとり思いをこめて・・・であれば黒鍵のKEY。ここ何十年も鍵盤のもつ意味をあまり考えていなかったが、これはとても勉強になった。
音楽では、KEYが一番大切である。
これらのことを、MARIO先生は大変ジェントリーに教えてくださった。そして、彼は終始、生徒である私のよいところを導き出そうとしてくださった。教師とは生徒のよいところを探し出し、導き出すことが大きな仕事であるということを改めて教えられた。
これをきっかけに、英語の歌が怖くなくなった。よし、もっとレパートリーを増やそう!とやたら前向きになった私・・・。人から物事を教えていただくということは、本当にありがたいことである。
こんな貴重な経験を与えてくださったMARIOさん、そしてYUKAさんには心から感謝である。
音楽以外の場面においても、コミュニケーションの仕事をする人間にとってはとても価値ある役立つ経験であった。
次の渡米時には、もっと練習曲を用意して、もっともっと学ぼうと思っている。
目を閉じると、ルーズベルトアイランドのアパートの窓から見えるマンハッタンとMARIO先生の弾くジャズが聴こえてくる。
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