初めて出会った外国人・異文化はおそらくベートーベンだった。
思い起こせば小学校1年か2年のときに、聴き惚れた「エリーゼのために」。憂いを帯びながらも愛情に満ちた、そしてだんだんと高揚していく…ベートーベンの恋人に寄せるあの名曲を子ども心に深く刻み込み、図書館ではベートーベンの伝記をよく借りて読んだ。一番好きだったのは、扉についていた若き日のベートーベンの肖像画。少なくとも晩年のではない。
若いときのベートーベンはモーツアルトよりもハンサムである。今思えば、私の初恋はルードイッヒ ヴァン ベートーベンだったかもしれない。そして、小学校の音楽室にはなぜか音楽家の肖像画ポスターが貼ってあった。こんな偉い人にはなれないけれど…でも同じく音楽を目指してがんばっていたちびっ子マーちゃんは、ベートーベンの肖像画を見るとやたらファイトが沸いてきた…。今も忘れない。3年か4年の冬休み。山下清の版画展が岐阜の近鉄百貨店(今はもうない)にて開催されたとき、父とふたりで観に行った帰り(はっきりいって柄でもないが)父親にせがんで買ってもらった、最初のプレゼント…ベートーベンソナタ集の1。その楽譜はボロボロになって30年以上経った今も大切に持っている。そして、中学校の夏休みの宿題では、いろんな資料をかき集め、自分なりに「ベートーベン伝記もどき」を編集した記憶がある。当時、担当の先生は、「中学1年なのによく本を作ろうとしましたね」と驚いておられたが、今から思うと、やはり当時は「ベートーベン命だった」ようだ。そして高校時代は、ベートーベンソナタに明け暮れ、年末は「第九」を覚え、シラーの存在に触れ、いつしか哲学にも興味を覚え…学生時代はヘーゲルの歴史哲学などに親しんだ。といえば格好いいが正直 そんなに深く理解していたとはいいがたいが、私の中では、AUFHEBENという言葉が子ども時代からベートーベンを聴くとイメージできていたし、それがヘーゲルの言葉ともどこか合致するような…勝手にそう決め付けて、ドイツ精神を無意識の中に自分のなかに叩き込んでいた時代があった。しかし、もうその当時読んだ本はすべて忘れてしまったし、なぜ20代の小娘があんな難しいことに挑戦しようとしていたかも、不思議でならない…。
話がずれたが、私の青春時代は、ドイツ文化から学んだことがとても多かったと思う。(しかし、その当時は本やレコード、レッスンから学ぶ程度でしかなかった)自分の頭の成長にゲルマン精神は大変貢献してくれている…。
そんな私は、一方でイタリアからも影響を受けた。これは20代後半ぐらいからか。
ファッションへの興味がめばえ、建築・絵画をめでる楽しみを知り…そしてなんといっても食に関する仕事に就くようになって、自分は実は、ラテン系の資質ももっていることを発見した。人生は悲劇ではない。人生は楽しむもの。その日その日を充実したものにしようという意味こそがその証拠である。悲恋を歌うカンツォーネ。でもここには言葉では表現できない内面から沸いてくる情熱があり、涙をさそう。ドイツの楽曲は理性的に感動するが、イタリアのそれは奥から沸いてくる感動である。また、イタリアの生み出すファッションセンスは抜群である。もちろんフランスのエスプリ文化も大好きであるが、情熱という点ではイタリアが群を抜く。
あるきっかけでイタリア旅行をし、またご縁でイタリア料理店でピアノを弾くようになり私の中でのイタリア的文化・精神は自分の官能・感性を支える存在になった。
イタリア人の自由奔放な生き方は、とても魅力的である。今が大事だよ!とそんなことを幾人かのイタリア人は教えてくれた。彼らには他の民族に負けない豊かな「センス」がある。これは古代ローマから受け継がれ、各時代の人間が培ってきた無形の遺産であると思う。
イタリアの中でももっとも自由奔放なナポリが大好きだ。あの港町で生まれた音楽を聴くと、人生は「風のごとく…」と思ってしまう。先日ローマ市内から空港へ移動するタクシーで、ドライバーとナポリの話題になり、彼がたまたまナポリ出身だったせいか大変盛り上がり、車内で一緒にナポリタンミュージックを聴かせてもらったが、どれもこれも情熱の塊のような曲で私の頭はすっかりラテン系になり、ああ人生は楽しくいかなくちゃなあ。と思いながらそのままフランクフルトへ。わずか2時間…ドイツの土地に足を一歩踏み入れた途端、私の中からあのローマやナポリはまさに遠い過去・夢の彼方に行ってしまった。土地の空気がまたたく間に変わったのだ。
空港内の洗練されたデザインを見て、雪景色の住宅地をまっすぐ走る車を見て、頭の中はカンツォーネからシンフォニー第1章へと切り替わったのだ。これは温度差のせいでもある。眼にする人々の顔の造型が変わったということもある。見るもの全てが計算され、効率的で無駄がない点、さらに街のデザイン自体が本当にエコ的であり、無駄がない…点…すべてが、ああここはゲルマンの国である…ということを実感するのだ。わずか2時間でこれほど文化の差を体験できるのは貴重である。EUはだから面白い!
ラテンな時間を過ごし、スローライフをカラダで体得したあとは、ゲルマンの時間をわずか過ごし、いかに生きるべきか…なんてことを考えると、日本に戻る頃には感性的にも豊かかつ効率効果的にも申し分ない、いいアイデアも生まれるのかもしれない。ゲルマン的に発想し、ラテンに生きる。こんな生き方も素敵かもしれない。
今、ヨーロッパに改めて注目している。アジアの時代と叫んでいるのは、アジア人だけなのかもしれない。ヨーロッパは歴史の成人である。大人はしっかり自分自身を見失わず確かに生きている。コンビニのない世界に住みたい。そんな気持ちを抱きながら、コンビニいっぱいの母国に帰る。
ラテンもゲルマンも偉大である。ヤマトらしさは何か? 民族が生み出すブランド力について、よく考え、行動する時代が到来したと思うのは、私だけだろうか…。
40代を過ぎ、改めてよく学び、よく体験したいと思う。そして、自分の進むべき道をしっかりと定めながら生きていきたいと思う。国も個人も「私らしさ」をもつことからすべてが始まる。私はこれからも、とことん「らしさ」にこだわり、歩いていきたい。