*この原稿は、アラスカ フェアバンクスにて9月11日深夜に書いたものです。
前号にも書いたが、9月11日は第二の自分づくりのシナリオつくりの旅のはずであった。
気持高らかに、飛行機に乗り込み、スムーズに離陸。台風で遅れた分だけスピードあげて、一刻も早くシカゴへ着いてほしい…と願い、シャンパンをいただき、文芸春秋などをめくりつつ…。機内の映画は「ショコラ」。すでに映画館で見た作品なので、今日は英語だけで挑戦してみようなどと思っているうちに、1回目の機内食。そして、おなかも満たされ、睡魔が襲ってくる。この瞬間が至福のときだ。
そして、さて本でも読もうかと目を覚ますと、急にシートベルトを締めろ座席の椅子を元に戻せというアナウンス。え? どうして? 気流の悪い所にでも入ったのか? と思っていると、もう着陸。おかしい? ねぼけているのかな? でも、誰も騒いでいないし、自分の感覚がおかしいのだ。もう11時間も経ったのだ…。
機内から、窓の外を見る。あれ?見たことない風景だ。これがシカゴのオヘア空港? 違うような気がするな。え?ALASKAという文字と熊のイラストの入った航空機だけが並んでいるぞ? なぜ? 急きょ、燃料が足りなくなったのか? もしや、テロ? 犯人がこの飛行機の中にいるのか? 英語のボキャブラリーに乏しい私は、周りの人に微妙なことをたずねられない。誰も騒いでいないからだ。そして、私たち乗客は手荷物だけをもってその見知らぬ空港に降り立った。
そこはどうやらアラスカ。でもアンカレッジではなく、フェアバンクスという耳慣れぬ空港であった。人づてに入ってきた情報では、戦争のため、空港封鎖??? まだ信じられない。なんで昨日まで株や景気がビッグニュースだったのに急に戦争になるんだ…。私たちは、1つしかない税関を列を作って順番を待ち、そして、航空会社の指示のままに、バスに乗り込み、ホテルへと向かった。
シカゴ行きは、アラスカのフェアバンクにて到着となったのだ。ホテル内バーの大型モニターで、ニューヨークの惨事を目の当たりにした
ときに、はじめてコトの重大さを理解した。しかし、早口の英語のニュースでは詳細の情報は理解できず、ただ、文字テロップを必死に追いかけるだけである。私たち一緒の飛行機に乗っていた一行は、ワールドトレードセンターに航空機が激突した場面を見ただけで呆然となった。ご存知のとおり、テロによる飛行機でのビル激突事件。今、アラスカで書いているので、詳細はまだわからないままだ。でも、アメリカ中が泣いているのが、わかる。
とにかく、私たちは全米の空港封鎖ということで、目的地にはたどりつけず安全にアラスカの静かな町のホテルで待機ということになった。
来る予定もない街をぶらつき、食事をとり、ビールを飲んで、たまたま同じ目に遭遇した日本人たちと語り合う。
もし、1日ずれていたら、2日ずれていたら…。私自身があの事件にもろに巻き込まれていた可能性がないわけではない。今、テレビでこの事件を見ているというだけで、幸運に感謝せざるを得ない。そして、この事件に間接的に関わったことで、今、思いがけず、アラスカに足を踏み入れ、新しい友人もできた。
一方、大好きなニューヨークのことを思うと、心が痛み、眠ることができない。ニューヨークは、私が生まれてはじめて体験した海外であった。会社員時代に、研修と称して上司が派遣してくれた場所がNYであった。それ以来、私は年に1、2回以上、必ず、NY詣でを行い、その季節のトレンドを感じ取り、エネルギーを吸収し、それを日本での日々のくらしへの土産とした。私がもっとも愛する街のひとつがNYであった。いつしか、夢がかなうならば、マンハッタンで暮らしたい…と今でも思っているくらいである。
あの道にあの店がある、あの角にあんな絵がある…。目を閉じれば、いくつかの場面が登場するマイNYに、今度はあの恐ろしい映像がプラスされてしまう。
中東戦争時もNYは危険視され、人々は近寄らなかった。あれから、幾年も経ち、景気も回復し、NYは安全な都市として認知されてきたばかりであった。女性のひとり歩きもなんら不安ではない。と安心していたのに…。
テロとは何か? 何のために実行するのか? 誰が喜ぶのか?テロリストの背景には宗教、信仰心もあるはずで、神の名において、聖戦は実践されるのだ。そして、関係ない人々が死に、傷つく。神とは何か? 人を救わないのか?
こんな不条理な事件が起こるたびに、首をかしげたくなるばかりではなくどこにもぶつけようのない怒りが湧いてくる。
日本でも最近、物騒な事件が多い。危険である。しかしながら、今回のNYのテロ事件は、あまりに残酷であり、衝撃的であり世界を巻き込んでいる…。
私自身はおかげさまで無事でいる。しかし、この事件に間接的に触れながら、21世紀という時代に対し、新たに考えさせられるきっかけを得ることができた。
人類がせっせと築き上げてきたものを破壊してはならない。歴史とは創造と破壊の繰り返しか?
今、改めてわからない。人々は、何のために生きるのか。
明日、飛行機がアラスカを発つことができ、アメリカにもし、飛ぶことができたら、この事件を自分なりに再度考えてみたいと思う。
いずれにしても、人を傷つけるのは人として赦せない。そんな言葉では言い尽くせないが、人の道を外れることは断じて赦せない。アラスカ初日の気持である。
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