肩書きなんか、別に。

最近、面談する機会をいただく方々。
とくに現場で物を作っておられる方に出会うことが多いが、
まず、コミュニケーションは、「あんまり好きやない」と
おっしゃる方が多い。
そして、そろそろ中間管理職になって、いろいろ下の人の
ことも支えていかないと・・とそんな話になると
「自分は、肩書なんか、全然いらんと思ってる。
仕事して、お金稼げたらいい。」と言われる方も。
ある意味、想像どおりであり、想定内だ。

いずれも、本当に正直で、一目で好感をもってしまう。
無理して、型にはまろうとか、力んだり、がんばりすぎたり
する人もいるけれど、もしかして、モノづくりの現場とは
自分と向き合う仕事でもあるため、まずは、自分の今の役
割を果たすことが使命。
そんな日々の真剣勝負のステージなのかもしれない。
1日決まった時間のなかで、決められた仕事を効率よくトラ
ブルなく進める。うまくこなす、回す。いいものをつくる。
これは、本当に地道であるが、大切な仕事だ。
コツコツできる人は素晴らしいと思う。

そして、肩書はいらん。
という人。これはこれで、ひとつの生き方である。
日々現場を仕切り、動かしている。
チームメンバーの頼れる存在になっている。
求めていなけれど、しっかり仕事をしているから、
肩書がついてくるということだ。

なんだか現場の方は素直で、個性豊かで、本当にいい。
一見無口ではあるけれども、一度口を開き、
心を許せば、本音の会話。
もちろん、コミュニケーションを少し意識すると
もっと世界も広がるかもしれない。

この素直さを尊敬し、応援したいと思う。

まっすぐな人。ブレない人は、ある意味、私も同じ・・でありたい
と思っているから。

今日も新たな出会いを求め、わくわくの1日に。

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最初に会う時の備え。

企業で働く方との面談という機会が多い。
経営者、管理職、さらに現場で活躍する人々・・・。
面談する目的は、その企業、そこで働く人の現状を把握するためであったり、
相談に対応するためであったり、さまざまであるが、最初の面談はかなり
大切だ。
そして、誰が相手であっても緊張する。それはおそらくどんな人も同じだろう。

少しでも緊張をなくし、いち早く打ち解け、いい交流ができるように、とくに、はじめての会社の人に会う場合は、ホームページを必ずチェックする。これは
もう常識だ。これがあるとないとでは、最初の会話から違ってくる。
さらにそこで働く人たちとの面談となると、組織図であったり、事前アンケート
であったり可能な情報を頭に入れて、こんな仕事をしている、こんな方だろうと
想像を働かせながら、面談に臨む。
このように、自分だけが相手のことを事前に調べているだけではなく、面談する相手の方も時には、私のことを調べてから面談に臨まれる方もおられる。

昨日は、ある会社の中間管理職の方に、名刺代わりに
「ホームページやYouTube見ましたよ。歌とかも歌っておられんですね」
と言われ、びっくりした。
とくに、そういった事前情報は会社や周囲からはとくに入っていないはず。
でも、その社員さんは、私との面談と言われて、どんな奴なんだろう?と
スマホなどで検索されたのだろう。
その人にとって、実際に会ってどうだったどうか?
まさにビフォアフター?

「ホームページ見ましたよ、〇〇見ましたよ」
これは、最初の面談には大変有効だ。話が早い。
だからこそ、ホームページは最重要の広報ツールなのだ。

最初の面談。
就活の面接と同じだ。
会社を知り、そして入りたい会社に採用されることが目的。
したことはないが、お見合いとも同じかもしれない。
相手を知り、人生のパートナーを得ることが目的。

最初の面談。
ここでその後の関係も決まる。
商談も同じと思う。

どんな印象を相手に残すことができただろう。
会話を振り返り、帰路につく。
「面白い方ですね~」
と笑って言ってくれた若者もいたな~。
この反応も◎だ。などなど、お会いした人たちのマスク顔を
思い出し、いつかマスクを外してまた面談したいと思い、
新たな出会いに、この仕事のやりがいと楽しみを感じる。

最初の出会いに恵まれ、人生はより豊かになる。


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あの空に会いたい。

ピアソラが創る曲は、私にとって、抱きしめたくなる存在だ。
そのなかでも、オブリビオン(OBLIVION)~忘却~を最初に聴いたのは、
おそらく、20代の頃。若かったのに、よくピアソラの世界を知ったものだ。
学生時代、文化度の高い、良き仲間に恵まれたおかげ。その影響は大きい。
その生演奏は、おそらく渋谷の文化村でのコンサートであったように記憶するが、来日していたイタリア人のミルバとピアソラのバンドネオンの協奏が実に美しく、実に切なく、心に心に染み入った。
あれから30年を経た今も、聴くたびに弾くたびに、深い心の旅に誘われている。自分のライブでも、バイオリンや尺八とのデュオをしたりしてきたが
ほんとうに美しく、大好きなレパートリーのひとつ。
久しぶりに、今度はソロでやってみようと思っている。

ピアソラの曲を弾いていると、ブエノスアイレスの空が心の中に広がる。
そして、あの町で出会ったさまざまな人たちのことを思い出し、
みんな元気かと、しみじみ思い出す。
日本からもっとも遠い地球の反対側にある国アルゼンチン、そのなかにある
南米のパリ。
ピアソラを弾きながら、自分がブエノスアイレスの空を思いながら作った
ワルツを弾き巡る。途切れなくメロディが湧いてくる。そして、
町の風景が、まるで360度カメラのように見えてくるから不思議だ。

会いたい、歩きたい、タンゴに触れたい・・・。みんな、元気かな。
転びそうな凸凹の道。ちょっと治安の悪い裏通り。
華やかなタンゴ。サッカーに熱狂する人々。

とにかく、今は、早く海を渡りたい。
コロナから2年。
海を渡ることを忘れてはいない。

久しぶりに、ブエノスアイレスの空の写真を引っ張り出す。
こちら、ピアソラが眠る墓地の入り口の庭だ。私の好きな紫の花、
ジャカランダが咲いている。
抱きしめたくなる風景。この空に浮かびたくなる・・・。

ブエノスアイレスとは、「いい空気」。本当にいい空だ。
コロナとは無縁のような世界に思える。
みんなこの空のもとで、今も元気だろうか?

今日も心を自由に、そしてこんなきれいな空のように、素敵な一日を。
と、こんな一枚からも、自分の世界を広げる。広げられる。

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真面目プラス

真面目(まじめ)な人に囲まれている、いや、恵まれている。
真面目とは、その文字のごとく、真正面から目をそらすことなく
実直に、本気に生きている人のことではないかと思う。
不真面目な人は、その反対で、あまりおつきあいしたくない。

一方。真面目といっても多様であり、いろんな真面目人がいる。
言われたことをまっすぐに、ガチガチにそのとおりにしなければ!
という強い使命感がある人。こういう人は組織の中で、生きてい
くのに適している。
自分の意志で、わが道をいく人は、組織にはなじまないが、
トップの意向を理解し、しっかりついていこう、求められる姿に
応えていこうとする人は、企業には必要な存在だ。
しかし、現実生きていくとなると、単に真面目というだけでは
期待には応えられない。
真面目であることは基本でありながら、自分の個性を出せる、
時にちょっと意外な面を見せる、柔軟さを織り交ぜる・・・などなど
プラスの魅力を付け加えたい。

単に真面目であるだけでは、なかなか価値が伝わらない。
真面目プラス。
そこを意識してみたい。

私も不真面目ではない方であると思うが、プラスは何だろう?
プラスとしたいところは何だろう?
と、指折り数えてみる。
そこが、おそらく差別化になるのではと思っている。

真面目だけが取り柄です~。誠実モットーです。
というだけでは、生きていけない時代。

言い換えれば、日々自らを磨き続け、唯一の存在を
目指すこと。
もちろん、真面目にコツコツと。

と、そんな究極の真面目人間を目指したい。

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生涯で最も長い1か月、そして。

年をとると、時間が経つのが速い。という。
確かにそうだと思う面もある。
とくに毎年この頃になると、「もう11月?」「もう1年終わり?早いですね~」と、そんな会話も多く流れる。

しかし、私にとっては、今年はとても時が経つのが遅いというか、
1日1日が長いと感じる1年になりつつある。
まず両親の介護について(といっても、多くの皆さんにお世話になってのことであるが)、日々違うメニューを頭に入れて対応しながら、仕事や演奏活動もしながら、毎日毎日気ぜわしく動き回っているうちに、母が、そして父が・・と旅立ってしまった。
その瞬間、それまで毎日あわただしく過ぎていった時間が、日々の習慣がストップした。
父、母どちらが亡くなったときも、しばらく時が止まったような感覚になった。

しかし、その間もだからといって何もしなかったのではなく、
頭も体もフル回転で、悲しんでいる間もなく、次から次へとすべきことをし、
立ち止まることはなかった。
自分で背中を押しながら、どんどん目の前のことに向かっていた。
毎日毎日それをこなして1か月。

「もう1か月も経つのか~」ではなく
「あれ?まだ一か月?もう何か月も前のような気がする・・・」
と思うぐらいに、この1か月を本当に長く感じている。
やっと終わったいう感覚かもしれない。
とくに、一番長く感じたのは、親が亡くなって葬儀が終わるまでの時間かもしれない。確かに普段と違う時間感覚であった。不思議な感覚だ。人生であまり
経験できない貴重な時間。

それらを含めたこの1か月。もしかしたら、人生で一番働いた、濃厚な時間なのかもしれない。しかも、決して慣れない仕事続き・・・。
1日24時間×31日。日常生活ではテンポよく流れる時間が、非日常になると
静かに重くゆっくり進んでいくような感覚。

ともかく、そんな1か月を経て、次へ進む。
これから新たな時間を重ねるにつれ、人生の時間への感じ方はどう移ろっていくだろう。

きっと、今年は生涯で一番長いと感じる1年になるだろう。
そしてそれ以上に、ずっしりと貴重な経験と思いが詰まった、
生涯忘れることのできない、永遠の2021年になるだろう。

心の中で生き続ける両親とともに、
自分の遺された日々、残された日々をしっかり仕上げていきたい。



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戻ってはいけない、浮かれてはいけない。

久しぶりの新潟出張。新幹線の利用者も増えてきた。とくに週末は人の行き来が増える。出張もおかげで増えてきた。コロナでオンラインの活用も学んだが、やっぱり リアルなコミュニケーションは重要だ。
移動の電車。できれば、隣の席に人が来ないように・・と勝手に願い、三人掛けの通路側を予約する。もし誰か来ても、その人が窓側であれば、真ん中は空席で、密にならない。
そう思って、長岡駅から東京行きの列車に乗り込んだら、すでに私の横の席が二席とも埋まっていた。始発駅新潟からの乗車だ。二人はすでに会話をしている。知り合い同士、仕事仲間、カップルかもしれない。ちょっとショック。
でも、まあ、仕方ない。
と思い、「失礼します」と言い、C席に座った。
隣の方も、私が来てちょっと迷惑だっただろう。
そこへ、ドリンクやおつまみを乗せたワゴンが近づいてきて、そのカップルは
なんと、ビールとおつまみを買い始めた。
そして、私に
「すみませんね。静かにやりますんで」と礼儀正しく言い、マスクを外して
乾杯しはじめた。私は笑顔で、でもたまらなくなり、たまたま通路を挟んだ
隣の二席が空いていたため、まずは避難。
そこへ、車掌さんが通ったため、目で事情を伝え、他の席への移動をお願いし、
無事、密にならない席を確保できた。静かな乾杯をしていたカップルに
「移動しますので、ごゆっくりどうぞ」と言って、移動した。

週末の町の賑わいが半端ない。コロナで大変な思いをされていた飲食店が
活気を取り戻している。
近所の立ち飲み屋は人気店であるが、この1年半は本当に気の毒であった。
でも、この週末は開店時間から、行列だ。
こんなに並ぶのか、そんなに飲みたかったのか・・。そんなに?

近所に最近オープンしたSCにも、多くの人が足を運ぶ。新店のことを
テレビで放映するため週末は余計に混雑する。
他に行くところがないのか、新しいところ、新しいものが好きな名古屋人の気質なのか、とにかく人の波が途切れず、以前とは違う様相になったご近所エリア。

ビジネスでは、接待・会食も増えつつあり、出張先で二次会に出向く人も増えているそうだ。
解放感。もういいでしょ、という感じだろうか。

一方、コロナ禍でのさまざまなことを思い出す。
私にとっては、この時期に両親が続いて旅立ったこと・・・。コロナとの戦いはそれなりにあった。であるが、コロナで家族を亡くした方、葬儀も満足にできず
送ることすらできなかった方たちのことを想うと、心が痛い。
仕事をなくした方、店をたたんだ方・・・・いろんな方がおられると思う。
そんなことを想うと、今の状況は手放しで喜べないし、何よりも、今、まだ
コロナは終息していないということ。感染拡大する可能性は大いにある。

世界に目を向け、油断せず、そしてこの一年半に学んだことを忘れず、
しっかりと前に進んでいきたい。
前とは、パンデミックを経験した世界のなかで、
これから、どう生きていくかということだ。
何も戻っていないし、戻らないし、戻れない。
一方、気を抜けばまた自粛生活に逆戻り。
これは避けなければならない。持続可能なことを探し、行動しなければ。
今がよければ、自分さえよければ・・は避けたい。

ちょっと浮かれた町の賑わいを見ながら、人混みを避けて歩く。
クリスマスソングが流れ、何とも言えない気持ちになる・・・。






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雪国のほっこりおもてなし。

久しぶりの新潟出張。
コロナ禍では、オンラインでの面談、打ち合わせが増え、この2年間、
通う回数が減った。
上越新幹線のトンネルを越えると、雪国の豊かな四季が目に飛び込んでくる。
田んぼの色の変化、秋も終わりに近づいているのを流れる風景で感じる。
ああ、懐かしい。車窓に揺られ、そんなことを思うようになった、この十数年。

今回訪問した企業の中に、女性だけで運営されている、まさにミューズ!女神たちの会社がある。
ZOOMでは先月お会いしたが、訪問は約一年ぶり。
こちらの会社は日々の来訪者を、自然体の女性目線で迎えてくれる。
まず当社名物?玄関のドアを開くと、目に飛び込んでくるウェルカムボード。
スタッフの方たちが交代で、その日のゲスト用に準備されているようだ。
私がお邪魔するときは、いつも、紫の素敵なイメージボード。
何回も伺っているが、毎回工夫してくださる。

通された会議室では、すでにガスストーブが用意されており
部屋に一歩踏み入れたとき、懐かしい灯油のにおいがした。
あ、冬が来たんだ。
新潟の冬の到来は、灯油のにおいとともに、感じる。。。
そんなことも懐かしい。
部屋を暖めておいてくれたんだ。

そして、
「そう、そう。持ってこなくちゃ」と、スタッフが自らのデスクから、
ミーティングルームに運び、テーブルにセットされた、
かわいらしいお花の小瓶。
花はやっぱり紫色。すみれがかわいらしい。入れ物はどうやら東京タワー
のお土産らしいが、見ようによってはエッフェル塔。
あくまでも、私のことを想って、用意してくださっている。
「何が合うかなといろいろ考えたんですけどね」とにこにこしながら
説明をしてくださる。

これで、準備はOK。
心地よいおもてなしをいただきながら、元気にミーティングを開始。

この小さなお花が、その後展開される熱き真剣な議論を見守る。
おかげさまで、充実のミーティングとなる。

やっぱ、いいね。新潟の人。
地道でおとなしいけれど、あったかい。

オンラインでは体感できないプチ感動続きの、越後出張。
片道4時間以上かかるけれど、行く価値はある。
待っててくれる人がいる。本当にありがたい。

外は寒いが、心はぽっかぽか。
2日間、多くの人々に会って、
すっかり温まって、今回も良かった…と安堵しながら、
帰路についた。
またね。
また、ゆっくりね。


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いろんな荷物を背負いて BON VOYAGE!

コロナが落ち着いてくれていることで、コロナ前と同じとまではいかないが、
人の動き方が公私ともに、戻ってきている。
とてもありがたいことだ。
新幹線も以前のように、利用者が増えている。
鉄道会社は安堵されていることと思う。

久しぶりの対面での、面談、相談会。
オンラインでは、世間話はなかなかできないが、対面の良さは
そこが違う。
実際に同じ空気のなかで、さりげないコミュニケーションをとれることは
本当にうれしい。
欲を言えば、マスクも外して普通に話したいが、それはもうしばらく
我慢。もう慣れたマスク姿でのアイアイコミュニケーション。

久しぶりに会えば、これまで会えなかった間に起きていた話題にもなる。
ご家族が病気になってしまい、大変な日々を過ごしていたため、
仕事があまり進まなかった・・・という話もあり、
いのちと経済。まずは、いのちが大切だから、ご家族のことを
最優先でがんばって!と声を掛け合う。
私のことも皆さんご心配いただき、いろんなお気持ちをいただく。
会えるタイミングでのお気遣いも本当にありがたい。
忘れないでいてもらえることがありがたい。
また、この季節になり、例年のディナーショーのことを思い出した。
まだ今年はやらないです「愛の讃歌」を聴くと思い出して・・・。
ぜひあのピアノと歌声、また聴かせてください。との声をいただく。
こちら、カフェを経営されている方であるが、長年看病されてきた
旦那さんを送り、今元気でお仕事を頑張っておられる。

ああ、お元気でよかった。お互い頑張らなければ・・・。
とにかく人に会うと、いろんな人生に触れ合う。
そして、それぞれがいろんな荷物を背負って、生きていることを
改めて感じ、皆さんがんばっているな!と勇気をいただく。

どんなに重い、大きい荷物を背負っていても、背負い続けることで
体力がついてくる、力持ちになる。(お金持ちではないが・・・)
どんなに荷物を抱えていても、元気に笑いとばせる、そんな
スーパーレディーになりたい。
と、昨日、久しぶりの新潟でそんなことを思った。

荷物を持たない人生はない。
荷物を運ぶ、その荷物もさまざま。目的地もさまざま。
それは人生の課題ということ。

今日、また荷物を積みかえて、次の目的地に向かう。

やっぱり人生は旅だ。
今日もBON VOYAGE!新潟から。


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エチケットもジャパンプライドで。

ネット社会の影響か、ひとりで画面に向かって過ごす時間が増えていることの弊害か、最近では、カフェやファーストフードや電車の中で、電話に出る人が増えている。少なくとも、最近自分が行く場所ではそんな光景をよく目に耳にする。
年配の方なら、まあ、お年寄りなので、仕方ないか~と思うことも多かったが、最近では若い人が、平気でそんな行動、会話をしているので、驚き、がっかりする。
先日も、20代ぐらいの男性がファーストフード店内で、WEB会議をしていて、さすがに驚いた。なぜこんな公的な場所で、そんな行為ができるのだろう。
以前、電車の中で化粧をする若い女性を見て、これも驚いたが、これはまだ
こちらが視界から外れれば、まあ、見えなくなる。
でも、通話の大きな声が店内に響くと・・・。

お店も、電車も、公的空間だ。
しっかり企業側も、お客に注意喚起をしなければならない。というのも
情けない話だ。接客業で、お客様に注意をするのは、なかなかむつかしい。
ハードルが高い。対応力がないと、トラブルになることもある。

もうかなり昔の話。携帯が海外で少しづつ普及し始めた頃。上海や香港の地下鉄内で、大きな声で携帯で話す人達を見て、マナーがないな。日本は、本当に
いい国だと。と思った四半世紀前。

ネット社会の普及は、公私をボーダレスにしている。
これは、人の迷惑を考えない、と言う悲しい現実でもある。

ジャパンプライド。ある企業が掲げている言葉であるが、
日本人のコミュニケ―ション意識、エチケット面もジャパンプライドを
保ってほしい。

若い人は、今、どこで教育を受けているのだろう?
ふと気になる。
相手によっては、近所のおばちゃん風でつい口を出したくなる昨今。
ふと、母がそんなことを嘆いたことを、思い出した。

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ピュアな心に触れる時間を。

障がいをもつ人たちとの交流、学びの機会を重ねている。
いろんなキャッチボールを試みて、その時々の反応でこちらも
多くの気づきを得ている。
YOU TUBEに公開している自分の演奏風景を、皆さんに見て
もらう時間があった。自分の今年を振り返り、両親の話をして、
ふるさと、親のことを想って作った曲(「みず・つち・ひと」
と、「ひと・文様」の動画を流した。

その間、うつむいて聴いている人や、じっと観て見入っている人や、
手もとに配付した歌詞を読みながら、静かに聴いている人、
足で拍子をとっている人・・・と、さまざまな反応。
演奏が終わると、大きな拍手をくれる方、じっとしている方。
これもさまざまだ。この「さまざまな様子」も勉強になる。
歌声を褒めてくれたり、じんときたとか、いろんな言葉を
投げかけていただいた。もちろん黙っている人もいる。
中には、すでに母親を亡くしている方が、演奏を聴いて
そのことを思い出したらしく、泣き出した方もおられた。
いずれも純粋な反応だ。

障がいがあっても、親の大切さや、ふるさとへの思いは、
皆変わらずだと思う。
障がいがあっても、苦労があっても、悲しみがあっても、
自分のルーツ(ふるさと・親)のことを想って元気に
生きることの大切さを伝えたかった。

その思いは、どうやらそれぞれに
受けとめていただけたようだ。

インクルーシブについて、昨日も書いたが、
お互いの違いを認めながら、一緒に助け合って生きる。
人としての根っこは共通だから。

障がいをもつ人たちとの時間を、もっともつようにしたい。
障がいに限らず、多種多様な人との関わりをもっと増やしたい。
利害ばかりを気にする、利益のみを追いかける、経済優先だけの
狭い世界ではなく、人としての問いかけを常にできる世界に身を置いて、
自分がすべきことを考え、行動したい。

ピュアな心にふれる。
このことは、とても重要だ。
きれいな心のまま、現代社会で生きることは
とても、難しいのだけれど・・。
流されず、自分らしく生きていくためにも、
これらの出会いや、貴重な経験を大切にしたい。

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