「結婚しないの?」と、そう聞かれなくなったのはいつからか。大変楽である。周りがあきらめたというのか、こいつに言っても時間の無駄だということからか…。
私が結婚しない理由はいくつかあるが、そのひとつに日本式のあの披露宴のスタイルに子供の頃からどうも馴染めなかった点がある。最近ではジミ婚や、オリジナル婚が主流だそうで昔のようなド派手婚はあまりないとも聞くが、とにかく中部地区出身者として本当に冠婚葬祭は苦手であった。最近では、同級生の結婚というのももうないし(もしかしたら2回目の人がいるかもしれないが、声はかからず)東京に住み、こんなジプシーのような生活をしているので、参列のお誘いもなく、とても楽であると思っていた。
とあるとき、台湾の仕事先の私のパートナーが出張で日本に来たときに、「結婚、決まったの」という。「へえ、よかったねえ。おめでとう!いつなの?」一応、儀式は苦手であるが人様の幸せは素直に喜びたいし、お祝いしたい。
「12月1日。今尾さんも来てね」とのお誘い。なぜかそのとき私は「わかった。じゃあ、仕事も作ってそのときに台湾に行くようにするわ」と答えていた。これまで大嫌いだった披露宴に、しかもはるばる台湾まで、言葉もろくに通じないのになぜ参加しようと思ったのか。それはそのパートナーが妹のような存在であったのと、それと昔から風俗慣習には大変興味があり、海外の結婚式とは果たしていかなるものなのかということに興味があったという点もある。そんなこんなもあり、11月末、仕事も入れて2ヶ月ぶりの台北入りをした。
何しろ、海外の婚礼という経験がないので、どんな衣装を着ていけばよいのか、いくらお祝いを包めばよいのか、二次会もあるのか、ただ座っていればよいのかわからないため、事前にいろんな人に聞きまくり、とりあえず、お祝いは「日本からのお祝い」ということでピンク色の祝儀袋に縁起がよいといわれた金額を包み、派手すぎず地味すぎずの装いで当日会場へ向かった。
その日は12月1日晴天の日曜である。12時開場。「台湾では、必ず時間どおりに始まらないので遅めに来ていただければいいですよ。」と新婦から前日アドバイスが…。そうか、ここでも台湾時間なのだ。ビジネスミーティングもそうだが、結婚式まで遅れるのが当たり前なのだ。
会場は大きなレストラン。ビジネス会議にも使われる施設だそうだが30テーブルぐらいはありそうだ。1卓に8名ほど座れる。そのうち10卓ほどは、屋外である。屋内の広間には新郎新婦の家族や会社関係でVIPや関係が深い人、友人たち、屋外はその人たちの家族といった配分である。親戚の人々は何でも台南から台北までバスを借り切ってやってくるというから大変な一大行事である。
受付に足を運ぶと、まずお祝い金を出すことになっている。そして記帳である。驚いたのは目の前で祝儀袋が開封され、どんどんお金を出していくという光景であった。日本ではこっそりと行うようなことも、こちらではすべてオープンなのだ。私のピンクの祝儀袋も身ぐるみはがされ…。それはそれとして、控え室に行くと、新郎と新婦が仲間たちと撮影をしていた。まあ、なんとかわいらしいカップルか。と挨拶をし、そのあと会場へ。
次に驚いたのは、新郎新婦たちのモデルのごとき、かっこよくなまめかしい写真が会場のスクリーンに映し出されていたことである。日々仕事に追われているあの二人が、いつめかしこんで撮影をする時間があったのだろう。それにしてもすごいカット数である。私の妹分、王さんは普段とは別人のよう、まさにモデル並みの美人に変身している。そういえば、私も遊び半分で以前、台湾でモデル撮影に挑戦してみたことがあったが、本来はこういった婚礼の日にお披露目するためのものである。この日のために、彼らは写真館へ行き、撮影をして、当日そのハレの姿を来場者にとくとご披露するのである。
その次に驚いたこと。会社の最高幹部が来場された。「ハイ、ミスイマオさん。」と呼びとめられ、この場で「ミス」というのはわざとだな? と思い、振り向くとそのVIPは、なんとカジュアルなジャンパーでご来場。しかも普段着の息子さん2名と奥様1名を伴ってである。あたりを見渡すと、親戚も含め、モーニングを着ている人はまずいない。壇上に立って挨拶や歌を歌わない人以外は、ジーパンだったり、セーターだったりする。内心、え? こんなカジュアルでよかったの? と台湾に来る前の日、洋服を真剣に考えていた自分がとほほ…であった。それにしてもいやはや、たくさんの人が集まってくる。会社関係の人は必ず、家族を同伴し、それぞれが「久しぶり」と声をかけあい、子供たちの成長を確かめ合ったりしている。なかなかいい雰囲気である。昔々の日本もそうだったのかもしれない。
いつのまにか、会場の席は埋まって、いよいよ新郎新婦の入場である。この披露宴にはプロの司会者はおらず、すべて会社の同僚たちが執り行った。彼らは皆、緊張気味でうまくこのパーティーが滑り出すまでは落ち着かない様子であった。入場が終わったあと、あとはなんとなく乾杯となり、わいわいがやがやの大お食事会となった。中華のフルコース料理であるが、なんとまあ3時間もかけてゆっくりいただきながら、テーブルをいったりきたり、会場内は盛り上がる。儀式といえば、お色直しは3回。そして新郎新婦が各テーブルに挨拶周り。その間には同僚たちの歌や祝辞もあった。そして、最後は新郎新婦からの御礼のご挨拶と両親の花束贈呈。ここは実は私が結婚式をしたくない理由のひとつなのであるがどうもあの場面は胸がいっぱいになってしまい、涙が止まらない。今回も中国語で何をいっているのかわからないくせに、一生懸命に話している王さんを見て、やはり胸がいっぱいになった。この瞬間だけで、「ああ、今回は来てよかったな」と思った。
そして宴は無事、終了。新郎新婦に見送られ、客たちはそれぞれの家路につく。
その夜、私は台北のホテルに泊まっていた。翌朝早く帰国するので、早めに眠りについていた。すると、電話が鳴った。半分寝ぼけた声で電話に出ると、今日の新婦、王さんからであった。「今尾さん、今日は本当に本当にありがとうございました。わざわざ日本から来てくれて感動しました。私の結婚のためにお金をたくさん使わせてすみません。本当に言葉にならなくて…」。彼女たちはその日は自宅に戻らず、ホテルに泊ったようだ。1日慣れぬドレスを着てがんばった彼女が、疲れているのにわざわざホテルへ電話してくれたのだ。「いいえ、いいえ。いい結婚式でしたよ。おめでとう、おめでとう」との話を交わし、とても幸せな気持で翌朝帰国した。
久しぶりに出た披露宴だったが、見栄もなく、格好もつけず、本当に心のこもったあたたかい会だった。改めて、台湾の妹に「おめでとう」をいいたい。次会えるのは新婚旅行で日本に来るときらしい…。