「泣いて、笑って」いい人生。

父親の81歳の誕生日。家族全員そろい、食事をする。
プレゼントは、好きな麦焼酎。いつも一番有名な「I」しか
飲んでいないので、ちがうもの、できれば面白いネーミングのものを
探す。
すると、「泣いて、笑って」という銘柄品をみつけ、即決。

まさに、父の人生だと思ったのだ。

そして、それを渡す。
「人生は、泣いて、笑ってが一番だね」と言いながら・・。
それから、約1時間半ほど、たわいない会話で、家族での
食事を楽しむ。

帰り際、
「まだまだこれから。元気にがんばらなあかんよ。
私はお父さん、大好きだからね」
と背中から父に声をかける。すると
「そんなこと、いってくれるな」
と言いながら、泣き始めた。
それを見て家族全員が笑った。
「また、泣いとる。何があった」
そう、最近、父は涙もろいのだ。

悲しい涙は流させたくないが、
うれし涙なら、いくらでも・・と思う。

泣いて笑って・・・は健康の証し。
どうか、このまま元気にがんばってほしい。

そして、最後は笑って。。。がいい。

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いのちある限り、弾き続けたい。

演奏当日はかなりの集中力のおかげで、心配した手の痛みもないまま
ピアノの上を指たちが動いてくれる。
調子にのった。練習のときより、楽に指が開くのでオクターブで
強いタッチでタンゴを弾き続けた。
昼の部が終わり、お客様が帰ったあと、右手首に激痛が走った。
「あ、やりすぎた・・」痛みがおさまらないまま、夜の部へ。
選曲を見直し、激しい曲を避け、楽に弾けるものを優先して
夜の部に・・。
本番のときは痛くならない。いかにうまく弾き終えるかだけを
考えて、丁寧に演奏を続ける。
調子にのらない。ノリをおさえる。
最後まで慎重に。その意識が相乗効果を発揮、ライブ自体は
無事に盛況にて終了。
本番が終わって再び、手首に激痛が戻る。
やっぱりあかんわ・・。
なんとか後片付けを終わらせ、帰路に着く。
その後、しばらく手を休ませなければと思っていたところ
知人より心配の連絡をいただく。
そして、あるピアニストは右手を失ったあと、左手だけで
演奏している。だから、片手で弾くということも考えては
どうか?
との助言もありがたく頂戴する。
片手で弾く。そう、片手しかなくなったら、そうするだろう。
弾くことはやめることをしないだろう。
でも、今はおかげさまで、両手がある。左右使える。
だから、ついつい多少の痛みがあっても、やるときは
やってしまうのだ。
手がある限り、弾き続けたいのだ。
ステージで涼しい顔をして演奏している演奏家も、
競技場できりっとした顔をして勝負しているアスリートも
その前後には、かなりの苦痛と闘っていることも多い
ことと思う。
足がある限り、歩き、走る、手がある限り、指がある限り
弾き続ける。
でも、それを長く続けたいのであれば、決して無理をしては
いけない。
知人の助言はそこを思ってのお言葉だろう。
80歳まで、もし生きてしまうならば、そのときもすらすらと
できればベートーベンやショパンを弾きたいのだから。
さて、少し手を休める日になるようにつとめよう。

そう、いのちある限り。弾き続けたいのだ。

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本日「愛の元気人」10月分オンエアです。

今回の「にいがた元気人」ゲストは
モスバーガー新津店オーナーの神林明浩さん、カフェピコット代表の小松知栄さんです。
ただいま新潟県のモスバーガー全店で、昨年秋に引き続き、「モスごと」美術館を好評開催中。
おかしなカフェ「ピコット」は、明日10月29日開店予定です。
心あたたまる素敵なトークをお楽しみください。
(本日10月28日18時~19時 FM KENTO

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「マーサを描きました!?」

ありがたい。本当にいろんなお客様がおいでになる。いろんな形で、さまざまな応援を
してくださる。
このたび、
岐阜でのライブ開催前に、あるレディが大きな紙袋をもって目の前に現れる。
「これさあ~。ちょっともらってくれる?」
とそう言われたように聞こえたが、いつもお会いするときより、ちょっと声が小さい。
ちょっと恥ずかしそうというか、テレておられるように見えるというか・・。
なんだろ?と思って、その紙袋の中を開けてみる。すると、
なんとまあ、紫とオレンジの色がアクセントになっているイラストだ。
しかもモデルは、「マーサのピアノを弾いているところ」。

なんでも今回のライブのチラシの右上の写真を見て、チョークで描いてくださったとのこと。
今年のチラシは珍しく写真以外に左に絵があったので、それもきっかけになったのかも
しれないが、とにかく一生懸命描いてくださった。
私のイメージカラーをよく熟知されている。そう思うだけでうれしくなるし
なんとも雰囲気が良い。
ご本人は「はじめてかいたんで、下手でごめんね~」と、
かなり謙遜されていたが、私をモデルにして描いてくださることに
感激した。その気持ちに感動し、思わぬプレゼントを受け取り、
本番ではこの絵をピアノの前に飾って演奏した。
もう1枚のモンマルトルの肖像画を用意していたが、その前に「新作マーサ」が鎮座した。

サプライズを考えることは好きだが、自分自身が、時々、サプライズをいただく。
しても、されてもうれしいのがサプライズギフトだ。
とにかく、自分のことをみつめ、想い、表現してくださるその人生の貴重な時間に
敬意を表し、感謝したい。
多くの愛に、応援に包まれて、本当に幸せな「芸術の秋」だ。

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心をこめて「ひょうしょうじょう!」

毎年お世話になってきた、岐阜県各務原市にある、「みなも」さんでの、ふるさとライブ。
今年も無事開催となった。
幼少のころからお世話になった地元の皆様に応援いただき、毎年開催し、今年で9回目の
開催となった。
年々、ここでも高齢化の影響もあり、毎年ひとり、ふたり・・・常連さんたちが姿を消す。
その面影を思い出しながら、感謝の気持ちを込めてしっかり演奏する。
今後のことはどうなるかわからない、来年もできるかどうかわからない。
こうしてここまでやってきた。

おかげさまでわが両親は今なお、元気だ。
このライブは毎年父の誕生日の前に開催するのが、いつしか習わしになっている、
今年は、普段目立たない、いつも皆の黒子であった父に敬意を表して、このライブと明後日の
誕生日に間に合うように、オリジナルの感謝状を用意し、ライブの最後に表彰式を行った。
全くの身内ネタでお客様には申し訳ないが、ご近所さんのおかげで父たちが元気でいられる。
そんな皆さんにも見守っていただきたかったのだ。
我ながら、今回の企画はなかなか良い。初めて作った表彰状もなかなかだ。新潟に住む
書家の仲間に手伝っていただいた。
父へのサプライズ。その反応は・・・。
いろんな黒子で来た父に、スポットを当てる。感謝を表す。それがこれからますます
大切になると思う。いい人生と思える瞬間を作る、良き思いでを一緒につくる。それが
家族の役割だと思うから・・・。

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いつも最終回のつもりで。

まだ次がある。と思うのと、今回で最後だと思うのとでは
その取組において、大きな意識の違いがある。

最近、いつでもある、いつでもできる。とは思えないことが多い。
周囲の高齢化、自らの環境の変化・・・いろんな要因から
時代はどんどん進んでおり、自分や自分の周囲だけが
同じところに立ちどまっているわけにはいかないのだ。
いつか、別れる。いつか終わる。
人生自体がそうである以上、それまでのさまざまなプロセス、
さまざまな活動ひとつひとつも、はじまりがあれば終わりがある。

そういった気持ちで、
いつも最終回と思って取り組むようにしようと
心に決めている。

最終回とは、もうこれで終わり。
集大成。
自分も悔いのないように、そしてお客様にも
心から満足いただけるように。

毎日が最終回。
とう意識するだけで、人生を大切に生きられるのではないか。
最終回の次は、アンコールだ。
それを求められるようにがんばるのが良い。

さあ、みなもさんでのふるさとライブ~「ロマンチック エヌ」
がはじまる。

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得る情報をよく選び、常に「考える人」であること。

選挙後の報道含め、日本のニュースからしばらく離れようと
思った。
どうしても、その裏を読んでしまい、見ていて疲れ、不快になり、
素直に「へえ、そうなんだ~」という気持ちになれないからだ。

見るなら世界各国のニュース。それぞれの出来事を俯瞰して観る方が
世界の勉強になる。
また
映画や旅番組、それに喜劇、落語。これらは
心の栄養になるから、ときには良し。

そして前にも書いたがクラシック音楽。

そして、時に無音の時間をもつ。

など、必要に応じて、自分に合う、自分が求める情報だけを選び取り、
一方、自分の目標に向かってそのための勉強をすることにする。

何も考えない人になってはいけない。
考える人であり続けよう。
流されない、自分らしい自分のままで生き抜くことが
大切だ。

なぜか、最近、以前に増してより強く思うのだ。

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選挙から学ぶコミュニケーション

今回の選挙は、その結果についての意見・見解は別として、
コミュニケーションについて、大変勉強になることが多かった。

その政党のキャッチフレーズの作り方、響き方。
やらなくてもいい予想情報の垂れ流し操作による、アナウンス効果。
メディアに取り上げられるところだけを作り込んでいる演出戦術。
直前のテレビ広告に、当日朝の新聞広告というメディアミックス型の刷り込み。

もともと選挙自体しなくてもいいのに、多額の税金を使いこんで
実行されたキャンペーン。まさにキャンペーンだ。
いいところづくめに見える、作りごとキャンペーン。

一方、あまりにヒートアップしてか、いつのまにか
上り詰めてしまって、発する言葉が驕りに満ちていると
評され、
何様?と人々の信頼を一気になくすという人もいた。
そしてこれもこの現象を大きく取り上げることで
失速感をより強く伝え、これは負のアナウンス効果。
結果も振るわなかった。

そんななか、とにかく真面目に、地道に、切々と
自分たちの考えをしっかり伝えている人たち。
この誠実さに共感を感じ。またブレナイ姿勢に共鳴し
応援した人も多かった。

すべて言葉での勝負だ。
最後、人の心に残るのは、直接発した言葉だ。
つくられたキャッチでは、人はそれ自体には
感動しづらい。
その人が心から発する言葉で、この人はどうなのか?
と判断するのだ。

「ことば」が仕事なのは、政治家だけではないが、
想いや考えを伝えるのは言葉しかなく、そこでの判断が
実は大切なのだ。
本当は顔も大切であるが、今回は、まず「一言」の重さを考えておきたい。
一言の重さ、それが一票につながる。

コミュニケーション。
できれば、地道に生の声で伝えるストレートな手法が
私は好きだ。
誰かが
「〇〇を落としたいなら、フェイクニュース作って流せば?」
最近だと、そんなことも言う人がいそうだが、
その手法は好きではない。
いつでも正々堂々、そして謙虚がいい。

結果は別として、このプロセスにおいて、
以下に群衆心理は作られるか、について
それとコミュニケーションの関係について
よく学ばせていただいた。
が、あまりにもったいないので、もう結構だけれど・・。

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異質なる心の隣人に接する。

同質の人の中にずっといると、世間が狭くなり、物事の本質が見えない。
多くの人はどこかに、何かに属している。それはそれでそれぞれの目的が
あり、良いと思うが、
同質の世界にどっぷり浸かることは気を付けたい。
この変化の激しい、また情報大洪水の現在、
世の中を広く見て、何が本物か、何が正しいのか、世の中はどう動いているのか
を実感するためには、より多くの異質なる人々とよく会うことが大切だ。
あるいは、何年も会っていない人、その間に変化していった人との時間も
新鮮かつ有効だ。

この2日間。京都での時間。
会社員時代の後輩で、子育て中の主婦。デザイン会社の社長たち(創業した人と、3代目の人。)、
女手ひとつで子育てをしてきたたくましき社長と、定年後に夢を抱くアラカン男子。
飲食業から転身したタクシードライバー、東京から岡山にUターンし、美容業から転身、介護の勉強をしている乙女・・。
こんな人たちと情報交換する時間をいただいたが、それぞれに刺激的で、自分とは違う人生で、
勉強になることも多かった。
同じ話題を提供しても、違う反応もあり、自分と反対の考え、生き方をしている人の考えにも
触れることで、世間というものを知ることができる。
ああ、こんな人もいるんだ~。ショックでもあるが、社会の縮図を知ることは有効だ。

自分の考えや選択が絶対ではない。もちろん自分なりの見解・意見・哲学をもつのは
とても大切であるが、積極的に異なる存在との時間を大切にしよう。
これは人生勉強でもある。
もちろん会いたい人と会うということが大切だ。
何かを共有でき、応援したい、また会いたいとお互いに思える関係がいい。

同質の世界に染まらないこと。
どこまでいっても、客観的に世界を見続け、その中での自分の立ち位置を模索し続けるためにも
異質なる心の隣人たちを大切にしよう。
と改めて思った、京都時間。

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ノン ケアレスを改めて。

いろんなことを同時にやろうとしていると
それぞれを早く前に進めようという気持ちが強いせいか
見直す、確認するということを怠ってしまうことがある。

最近、とある企業の社長さんとその秘書の方に連名で
お便りを出した。
社長のお名前も、秘書の方のお名前もそれぞれわかっているのに、
なぜか宛名をかくとき、無意識に社長と秘書の方の名前をミックスした
苗字で社長名をかいてしまったようで・・・。
秘書の方から、丁重に手紙のお礼をいただきながらも、
社長名が違っています。うちの社長の名前は〇〇〇〇ですので
今後どうぞよろしくお願いします。
というメールをいただき、真っ赤、真っ青、穴があったら入りたい
気持ちになった。
せっかく心を込めて、出したお便りだったのに・・・。
すぐにお詫びをさせていただく。1日中こちらも不安な気持ちが
続き、その日にその社長ご本人からあたたかいメールをいただき
やっと落ち着く。漢字一文字のミスが1日を長くした。

自分も時々、メールや年賀状などで今尾ではなく、今井と
書かれたりする。そんなときは返事の最後に、さりげなく
名前を書いておくが、
それにしても、これはコミュニケーションの第一歩。名前を間違えるのは
失礼であり、相手に不快な思いをさせてしまう。
ケアレスミスこそ、気を付けよう。
確認、点検、見直し。
慣れている仕事こそ、日常の業務こそ、大切に確認しよう。

いいことやっていても基本がなってなければ台無しだ。
今だ、当方修行中。

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