サーバメンテナンスのお知らせ

いつも本ブログをお読みいただき、誠にありがとうございます。

4月15日から16日にかけ、サーバメンテナンスを行います。
本ブログも更新を続けますが、16日更新分の公開が遅れる可能性が
ありますので、予めお伝えさせていただきます。

引き続きご覧いただければ幸いです。

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こよなくマーケティングを愛する人たち

わがマーケティングの師は、水口健次さん。
会社員時代に上司たちにすすめられ、勉強会にもよく参加させていただき。
日本の素晴らしい企業のマーケッターと言われる人たちと多く交流させて
いただいた。
私のビジネスライフの基盤づくりは、ここからだった。

20代は大阪・京都を拠点に、そして30代から20年は、東京、台北へ・・。
マーケティングを求め、繋ぎ、結ぶ活動の場は広がった。
すべてこのマーケティングの勉強会「MCEI~Marketing 
Communication Exective 
Internationalの略」のおかげ。
世の中には、いろんな業界で、いろんなものを作り、伝え、、と
とにかく仕事をする人がいることも知り、グランルーの発想にも
影響を与えた。

水口先生は、関西人であった。
だから、先生が亡くなられて10年経つ今も、とくに関西の後輩、弟子たちは先生のことを
忘れず、先生の著作を勉強し直す会も続けている。

久しぶりにそのMCEI大阪での勉強会に顔を出す。
30年前に初めて受けた刺激、その感覚は今も変わらない。
実務家の勉強会であるから、説得力がある。
今回の講演は、北海道で展開するスーパーの社長さん。(北雄ラッキーの桐生社長)
経験にもとづくマーケティングの実例をご披露いただいた。素晴らしいプレゼンであった。
この会社にとっての、マーケティングとは「お客様に近づくこと」。
そうか。マーケティングとは、人により、解釈や表現は異なるが、確かにこれは正しいと
納得する。

30年経っても、マーケティングは古くなっていない。
そこに目指すお客さんがいる限り、その希求は終わらないのだ。

久しぶりにマーケティングを愛する人たちにお会いし、水口先生を思い出した。
モノを作る人も、売る人も、お客様に向かって行動をする。
人々に生活がある限り、なくなることはない。

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易きに流れ、自分を安く売ることなかれ。

ある経営者の話。
ネットでの求人サイトで申し込んできた社員が
あいついで、やめていったという。
ネット上でのカンタンな情報で、ここならいい!と
選択して、求人応募してきたようであるが、
実際に会社に入ってみると、仕事しはじめてみると
ネットで書いてあったことと違うぞ・・ということかも
しれない。
ネットでの情報発信・受信は一見、人を結び付けるのに
有効な一手段ではあるが、
下調べしたり、回り道することなく、あまたある情報の中から
一見、自分にフィットしそうなものを選び取って、エントリーする。
この
カンタンに手に入る情報からの出会いは、どこか希薄な
関係が想像できる。
カンタンに出会ったから、簡単に終わってもいいという
気楽さもあり、自分の選択、行動の責任も薄い。

自分の日頃の反省も含め、ネットでの情報収集はときに良いが
ときに後悔や反省につながることもある。

いろんな情報に接するのは良いが、これで本当に良いのか?

ネット検索で何でも済ますのではなく、時間をかけて関係を
つくっていくことがとても大切だ。

易きに流されても、いいことはない。
そう、易きは自分の安売りにもつながる。
気を付けよう。
ネットは本当によく考えて利用すべき。

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「真面目に働け!」

本当は出したくない画像であり、あってはならないものだ。
でも、少しでも被害が減るのであればと思い、あえて添付する。

このハガキが身内に届いた。振り込め詐欺の類である。
年寄りしか住んでいないところに、送られてきた。
でも、その宛名は年寄り本人宛ではなく、そこに住まない娘宛てである。
親が心配して、娘に「こんなハガキがお前宛てに来ているけど大丈夫か?」
と電話、びっくりした娘が実家にそれを取りに行った・・。それがこのハガキだ。

なんとも巧妙すぎて、専門用語もその業界のものらしく、書いてあり、
知らない一般人はびびってしまうだろう。
何か悪いことしたのか?これは問い合わせしなくちゃ・・と
思うかもしれない。善良な人ほど、そうしてしまうかもしれない。
でも、そこに電話をしては、犯人の思うツボになるので、
その手にはのってはいけない。

世の中には、汗水たらして一生懸命働いている人が多くいる。
そういう真面目な人や、弱いお年寄りに向けて、
こんな悪事をはたらくのは、ゆるせない。
「こんなことに知恵を使わずに、真面目にはたらけ!」だ。

メールでもそうだ。最近、おかしなものがよく届く。
だまされないように生きる、気を付けて生きる。
本当にいろんな意味で、生きづらい世の中になっている。
少しでも知っていただき、気を付けていただくのが良いと
思い、画像入りでお伝えすることにした。
こんなものが送られない世の中になってほしい。

どうぞ、皆さんも、お気をつけください。

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その背中に感動する。

ここ最近、素晴らしい先生に出会って、これは私にとって
とてもいい「東京みやげ」にもなっている。
東京に住んでいる間に、チャレンジした行動から生まれた出会いだ。

ひとりはラジオドラマの脚本を主に手掛ける作家の先生。
もうひとりは、国際報道の専門家、生粋のジャーナリスト。

いずれもそれぞれ違う学校、講座で初めて知ったが、
いろいろ学んできたけれど、鮮烈に印象に残ったお二人の先生。

もっと学びたい、知りたいと思い、結局東京を離れた今も
続けてその先生たちの講義を受け続けている。

もっと学びたい、もっと知りたい、もっと教えてほしい、
見習いたい。

このお二人にはなぜか、向学心をかきたてられる。
その分野の専門家になりたいのではなく、
その考え方、行動を参考にしながら、自分の人生に
もっと生かしていきたいと思うのだ。

熱心な授業への取り組み、
そして目線は平らだ。
謙虚であり、情熱的で、その仕事をするために生まれてきた
のだろうと思ってしまう。
そう、天職なのだろう。

いつもそのひたむきな教え方に、いろんな角度から
刺激をいただいている。

人は口を信じるより、背中を信じる。
私もそういう人になりたい。

素敵な先生方に出会え、挑戦する意欲が湧いてくる。

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同じ町に住んでいた人との縁。

世の中とは、ほんとうにおもしろい。

今だに有効活用しているのが、東京住所も入った名刺。
大好きな風合いの名刺で、創業時から変わらずずっと愛用してきたが、
それを刷る会社が、おととし末に廃業されてしまった。
その前に、まとめて何百枚も印刷。そしてそのあとに引っ越しを決定・・・。
というわけで、名刺に愛着がありすぎて、もったいないため
この名刺に新住所のゴム印を押して使っている。

今回もその名刺を、新しく出会った方にお渡しする。
「へ?矢来町ですか?」
「いえ、矢来町でした」
「私も、〇〇年まで、そこに住んでいたのですよ。
神楽坂の坂を上りきって、右にいくと・・・で、左に
交番があって・・・その手前のマンションに住んでいたんですよ」
なんと?
本当に近所に住んでおられたようだ。
おそらく10年以上は、同じエリアにそれぞれ住んでいた。
電車や道や、コンビニですれ違っていたに違いない。

と、初対面であったのに、その町名だけで、もう知り合いになって
しまい、あとの話もスムーズに進んだ。

そういえば、
同じ町名に住んでいたことで親しくなった人が、実は他にもいる。
ある新聞記者だ。
今は、彼も関西に住む。

本当に近所に住んでいたのに、知り合ったのは引っ越してから。
でも、同じ場所にいた・・・と思うと、
なんだかそれだけで共通の世界が広がる。

名古屋での新たな出会いが、以前の町名にまつわるとは。
面白いものだ。
ときには、古い名刺も威力を発揮してくれるものだ。

そういえば、別のところで、新潟出身の方と出会い、
一気に打ち解けた。
ある場所、地域での共通体験というのは、
関係づくりに、コミュニケーションに大変有効だと
再認識。

どこに住んでいても、どこへ行っても、すべての
経験が出会いに役立つものだ。

何気ないことなのにとてもうれしい。
ご縁は、こんな名刺からも生まれる。

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知的で熱い、良質な関係を育むTokyo。

東京での約四半世紀。
とにかくよく動いた。自分の心身も、そしてお金も物も・・。
ぐるぐる回った二十何年。飛行機も新幹線もその移動距離を
考えたら、地球一周どころではないはずだ。
とにかく、動き回った。
そう、私なりの小さい世界であるが、活発な経済活動があった時代。
東京とは、仕事をし、消費をする場所だ・・・。
そして多くの新しいもの、人、企業と出会い、そこでの化学変化を楽しんで・・
そんな場所だと思っていた。

この間に出会った人はおかげさまで数えきれないほど。
でも、今でもずっとつながっている人は、その何十分の一か。
出会うけれども、その分自然消滅していく感じだ。

このほど東京の見方が変わった。
仕事をする、お金を稼ぐ、消費をする・・新しいモノに出会う。
そう思っている間に気づかなかったことが、今少し離れて
見えるようになってきた。

東京は、「勉強の場」として素晴らしい。
一流の学校、先生がそろっている。
自分の興味関心に合ったが 豊富にある。
自分の問いへの解が見つけやすい。
京都もそれに近いが、東京はまた違う意味で学び舎として
素晴らしい。
そして、アート面でも刺激を得られる素材が
無限にある。

学ぶ。知的なものに触れる・・・このことへの
欲求が離れてみて、より強くなった。
ああ、もっと勉強しておくべきだった。
ビジネスのことだけでなく、もっとアカデミックなこと
本質なこと・・・を学ぶにも選択肢が豊富なのが
東京だ。

今、東京に通いながら、学びながら、
新たな出会いを楽しみながら、育みはじめている。
アカデミックな話題、探究がともにできる人、
知的な刺激を与えてくれる人・・・
そういう方たちが、東京にはたくさんいる。

少し違う目で、今、TOKYOを見つめ直している。
決して、ショッピングやグルメが東京の本来の
魅力ではない。

ああ、もっと早く気づいておきたかったけれど
今からでも遅くない。

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よく生きる人、名言を遺す。

星野仙一さん。あまりに早すぎる一生であった。
ご存命のときは、特別に注視することもなく、
熱きリーダーとして。男のなかのオトコらしい生き方を
実践される方という印象で、
つねにジャイアンツに対抗されている人だなあ~という程度の
認識と興味であったが、
亡くなってから、改めて遺された言葉に接し、
すごい人だったんだな~と、今さらになって惜しむ気持ちが
高まってくる。

子供の頃、喧嘩に負けて泣いてかえってきたら、
お母さまに(お母さまは女手ひとつで星野さんを育てられたらしい)
「負けて泣くぐらいなら喧嘩するな。やりかえしてこい」
と怒られ、そこから性格が一変し、ガキ大将になったそうだ。
そして、その後野球人生においても、常にプレッシャーを自らに
他者に与え続け、そのプレッシャーに打ち勝つことで
気楽がある。プレッシャーなしに楽しみは味わえないとも教えた。

闘争心を常に、持ち続ける、与え続け、自分に打ち勝つこと
の大切さを全身全霊で伝える人であった。
「野球は、お客さんにとっては遊びでも、こっちにとっては
仕事なんだ!」という言葉も選手たちに刺激を与えた。
そして、
「強気をくじき、弱きを助ける」
この言葉どおりに生きた人だった・・。
などなど、学ぶことがあまりに多い。

野球とはまったく違う道を歩いているが、今の自分自身にも
染み入る言葉が多く。
なんて、プレッシャーのない日々を送っているかと
自らを諌めたくなる。

あまりに早く亡くなった。
生きているならb、あんた、もっと戦えや。
と言われているようだ。

よく生きた人こそ、生きた言葉を残す。
カンタンな言葉なのに、深く全身に染み入る。

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改めて、哀悼の意を捧げ・・・。

先日、お亡くなりになった、西部遇さんのことがずっと頭を離れない。
最後の著作を斜め読みしながら、これを発言され、発信される意図は・・と
勝手に想像しながら、本当に惜しい方を失くした、そして、死まで含め、
人に影響を与えるというその人生について、私なりの敬意を表していた。

そんななか、先生の自死を助けた人がいた・・・という衝撃のニュースが
舞い込む。逮捕ということでの報道である。
確かに手が不自由なご本人、自死することも難しい状況だとは思っていた
のであるが、この話題がトップニュースになることにもショックで・・。

さて、以下はまったくの妄想で書き連ねる。

もし、
私が西部先生だったら・・・。
自分で死を選び、そうしたいと願ったときどうするか。
誰かに相談するか、相談できる人がいるか・・・。

もし、
私の親友、もしくはもっとも尊敬する人に「死にたいけど・・・」
と相談されたら・・。

手伝うことができるか?かなり、勇気がいることだ。
もしくは、自死しないように 
「お迎えがくるまで、がんばって生きましょう」
となだめ続けるのか・・。

どちらが、親切。どちらが友情。どちらが???

とても難しく、深い問題だ。

単なる三面記事(この表現はもう古いが)的な話題で
終わらせてはいけないし、
本人と、そしてそのご家族のことを大切に
取り扱わなければならない。

とてもつらい話題だ。

いずれにせよ、本当は自分で死ぬならば
人に迷惑をかけてはいけない。
でも、自分でどうすることもできなかったのかも
しれない・・・。

と、こんな投げかけも含め、西部さんは、
残った者たちにメッセージを与えているのではないか。

以上、まったく面識もなく、おつきあいもなかったのに
妄想に妄想を重ね、勝手に綴って申し訳ない・・。

改めて、心からのご冥福をお祈りし、
そして、この逮捕というニュースが静かに早くフェイドアウト
されていくことを願う。
もちろん、心の中で、静かに、西部さんのご冥福を
祈り続ける。
この死生観、私はとても理解できす。
だからこそ、今回の悲しいニュースは
は忘れられない教訓として、生き続けるだろう。

娘さんのコメントに涙が出る・・。
ほんとうにお父さんのよき理解者でいらっしゃったのだと
思う。

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「なんとか映え、せーへんのですわ」

京都のとある商店街の角っこにある、お酒も食品も販売している
私からみると、ちょっとこだわりの良いお店。
そこのお店の魅力は、立地や、歴史や、たたずまいや、
品揃えや・・・全部バランス良いのだけれど、一番は
そこのマスターだと思う。
あえて、マスターと呼びたくなるアラフィフのおにいさん。
元印刷会社の営業マンというところも、私としては親近感が
湧くポイントである。

さて、そのマスターのお言葉はいろいろ楽しい。
「お笑い系の取材は断ってるんですわ~。うちの商品、
全然おもろないですし、きてもろても困る」
「ホームページもないし、ツィッタ―とかもやらへんし、
なんとか映えも、せーへんし。そういうのはいらんのですわ。」
と言い切るその感じがとてもいい。
といいつつ、お店の前には手作りのウェルカムボードがあり、
見事につられて入ってしまう魅力がある。

常連さんがおいでになると、
「〇〇さん、おいでやす」
と名前をいって挨拶をする。これはなかなか見ない。
そしてそのお客さんがいつも何を買うのか覚えておられて
その商品があるとかないとか、
食べすぎたらあかん、健康に悪いとか・・・
まるで家族のように、やんわりと一言声かけておられる。
この接客。
ある意味、ほんまもんの京都人のおもてなしであり、
すたれていく商店の中で、残っていくお店のモデルとして
納得してしまう強さがある。

とにかく、あじわいあるマスター。
名刺交換をした仲なので、早速訪問お礼のメール。
するとすぐ返信をいただいた。
なんとか映えもしなくていいし、つぶやかなくていいけれど、
目の前の大切なお客さんを大切にされていることが
商売の秘訣だと勉強させてもらった。

地道に、地味に。
いい。これが長続きの秘訣。

友達に会いに行くような感じで・・・行きたくなる店って
いい。

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