待ちわびる開放の日。

今年は海外渡航がままならない。
コロナの影響が、こんなにも長く、世界中に及ぶとは・・・。

長らくお世話になってきたエアラインやホテルの経営が心配だ。
多くの従業員の解雇も進んでいるようで、機内や地上で出会った人たちは
大丈夫だろうか、どうしているだろうかと思えてくる・・。
この企業のおかげもあって、自分の世界観が大きく変わったこの二十余年・・・。
私を世界に目を向けさせてくれたのは、このようなグローバル企業の存在であった。人種を越えて、性別を越えていろんな人が働いている社会をいち早く見せてくれたのはこの業界であった。

こんなままならない日々、NYの情報をこまめにチェックする。
ニュースもメルマガも、サイトも・・・。
デパートやミュージアムからチョコレート専門店から、スタジオから・・
いろんな情報がこまめに届く。心の距離感は近づいている感じ。
少しでも協力したい気持ちも募る。
みんな必死なのだ。
今ごろは、例年であればファッションウィーク。おしゃれなNYの町が色づく。
ブロードウェイの再開は、来年の春まで難しいようだ・・。
このコロナ禍のなか、セントラルパークで床屋さんを営んだり、
屋台で洋服のお直しをやったり、NYらしい新たなチャレンジャーたちの
話題に触れると、ああ、ニューヨーカーたちはがんばってるな~と
勇気が湧くとともに、ああ、マンハッタンの救急車やバス、イエローキャブが
行きかう様子が浮かび、懐かしくてたまらなくなる。
ああ、今でも飛んでいきたい。

25歳で初めてNYに行ってから、誕生日に近くなると、毎年訪ねたものだ。
そして、年に何度も出向き、公私ともに多くの経験を積んだ、私にとって開眼の街。
生まれ変わったら、NYに住みたいとも思ったこともある・・・。
まさに、アメリカンドリーム。それは今も変わらないはず・・。
しかし、あの頃からアメリカは変わってしまった。世界も・・・。

コロナが早く終息してほしい。
国のトップが自らの権力保持のために非常識を繰り返していることは
実に残念、迷惑だ。
早くNYへ行きたい、早く活動がしたい、早く・・・と思っている人が世界中に
多くいると思う。もちろんNYに限らず・・それぞれの目的地に向け、スタンバイしている人がどれだけいることか・・。
人間、オンラインでできることには限界がある。
やはり、人間は旅したい、動きたい。その喜びを知った今、その足止めは
苦痛である。オンラインはまったくの代替えにはならないし、代替えでしかない。

と、NYからの便りを見ながら、たまらない気持ちになる日々。

世界の門戸が安心して開かれる日を、待ちわびている。

皆が力を合わせなければ、安心して渡航できる日がますます遠ざかる・・。


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「愛おしい」が、似合う。

日々、小さなことにでも、その存在がありがたいと思えたら、
次第に愛情が湧いてくるはず。
人間に対しても、毎日使う道具にも、またはお米一粒でも・・。
口ずさむ歌にも、生まれてくる言葉にも・・・。
愛おしいなあ。
そんな気持ちが生まれてくると、幸せな気持ちがあふれてきて、
毎日がもっと楽しくなるはず。

「今」という時間を、大切に過ごすために、自分の周りのものすべてに
そんな思いをめぐらせてみたい・・・と思える今日この頃。

愛おしい。
この想いは、優しさに、思いやりにつながる。

苦しいときも、つらいときも、
愛おしい人のためならば、乗り越えようと思えてくるだろう。

愛おしい・・・。
今、書いていて、知人が携わるサービスのことを思い出した。
「抱きしめたくなる本づくり、人生づくり」
これをコンセプトに、出版事業を営んでいる。
とても素敵な思いだと、長年、陰ながら応援させてもらっている
この「抱きしめたい」こそ、イコール「愛おしい」相手に向けられる
気持ちだ。

想いあふれたあたたかい人生を、歩んでいきたい。

今日というかけがえのない一日が、愛おしい思い出に
包まれますように・・・。

「愛おしい」・・・この言葉は、秋にとても似合う。
心深まるこの季節、みんながそれぞれ、周りの人に
よりやさしくなれるといい。


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ステキなセブンティーズ

いろんな世代の方々とお付き合いいただいている。さすがに10代は最近はいないが、20代から80代までと幅広い。特に仕事含めて、ありがたく、また本当に貴重な存在と思うのが、70代の方たちだ。
個人差もあるが、お元気でいきいき日々を過ごしていられる方たちが多い。

戦後生まれ、団塊の世代と言われた方々。サラリーマンをされていた方は、定年後も引退せず、新たな仕事や活動をされている。私の周囲には本当に活発な方が多く、昔のシニアのイメージとは違う。学びの意欲も旺盛で、こちらも刺激をいただくことが多い。
一方、現役の経営者の方もおられる。自らが興した会社を、体力気力ある限り、頑張る、後継はあまり考えておられない方も周りには多い。

このような方たちと接していると、事業は、必ず継承されなければならない。とも限らないと思うこのごろ。
受け継ぎたい相手がいれば、自然にそれができれば、また世の中が求めてくれるならばそれは大変素晴らしいが、承継ありきではない。と周りのセブンティーズを見てつくづくそう思える。
もちろん、その終わり方は考えなければならないが。

自身で目標を持って、今を生きておられるその様が、私にはとても刺激になる。

今や時代は、セブンティーンではなくセブンティーズ。

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毎日が、コミュニケーション実践講座

出張先に、施設の方より、父が「家に帰りたい」と叫んでいるとの連絡が入る。
はあ。今度はこれか~。
と、そんな日々。
しかし、ほっておくことはできない。
まず、医師に相談し、興奮をおさえる方法を教えていただく。こちらは治療。
もちろん、クスリだけに頼るのは、よくない。自分たちができることをしなければならない。
今日もまた興奮されたらどうしようかと思いつつ、施設の父を訪ねる。
眠りつつある父であったが、人の気配で目が覚めたようだ。
頭は確かなようで、やはり今回も「家に帰りたい」という主旨のことを、
ろれつの回らない口で話す。
「そうやね。その気持ちわかるよ~」
今回は、あなたと同じ気持ち!作戦。
共感する。心を寄せるということだ。
「そりゃ、誰だってうちに帰りたいし、帰れるようにしてあげたいよ。でも、
今は無理だから、まず、元気になって、そうしたら、帰れるよ」
という感じで話を続けると、父は黙って聞いていた。
やはり、いきなり否定、拒絶から入るのではなく、相手の気持ちに寄り添い、
その気持ちがわかるという姿勢が大切だと思う。
前回は、向かい合ってではなく、並んで会話することを学び、
今回は、「わかるよ~。」とことん同意、共感の姿勢を学ぶ。

親とのコミュニケーションについて考える機会が多くなっているが、
これはまさに、実践講座だ。
次に活かしていける、活かしていかねば・・・・。

不思議なものだ。
穏やかな父の顔を見ていると、こちらも安堵する。

まだまだ続く、コミュニケーション実践講座・・。



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本業は何ですか?

ある企業に訪問し、いつものミーティングに入る前に、そこの社長さんが、私のCDを流された。自分の演奏が、会議の前に耳に入ってくるというのも、なんだか不思議な感覚ではある・・。
そこに社員の皆さんが、部屋に入ってこられて、「?」という表情。
私の演奏と知り、「へえ」とみなさん、静かに聴いておられる。
これまた、不思議な時間。
社長は演奏をBGMにして、そのまま会議に入ろうとされたので、
「すみません、ちょっと気になるので、いったん止めていただいてよろしいですか?」「あ、そうですか?」といいながら、音をOFFにされ、静かな普段の会議室に戻り、ミーティング開始かと思ったら、
「本業は、何ですか?」と、社員さんからの質問。
「いやー、今やっていること、すべてが本業です」
というと、不思議な顔をされる。
自分の仕事の考え方、生き方についてカンタンにご説明したら、ご理解いただいたようだ。そのあと、ミーティングで販促や広報の相談に加え、テーマソングの話まで進んだ。

コミュニケーションクリエイターは、できることは全部やる、活かす。
決してマルチではないけれど、できることは全部やる。
どれが本業とか、どれが仕事で どれが趣味 と分けていない。全てが、仕事だ。
あれこれ分けると、観覧車の回転が、ぎこちなくなりそうだ。

毎日が本業。今日は事務作業として、今日は営業に出て、今日は集金に・・と仕事をする方がおられるように、今日はコンサル、明日は音楽、明後日は原稿書き・・とそんな構成になっているだけだ。

本業は何ですか?と問われたら、コミュニケーションをつくること。
そこから、未来につながる対話が始まればよい。

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不自由と苦悩から生まれる美。

生誕250年の、この記念すべき年に、コロナで・・。
世界中のベートーベン愛好家も複雑な思いでいることだろう。
私自身も、そのひとり。
今年は、ベートーベンのルーツをもっと研究し、感謝の作品を何かつくりたいと思っていた。当然、再び現地に行く予定をしていた。
もともと予約をしていたのは4月。さすがにこれは無理だと、変更。
今は12月初めの便を確保している。
しかし、これも本当にどうなるかは、ギリギリまでわからないし、可能性は・・・。
そんな厳しい情勢のなか、ますますベートーベンへの思いが募る秋。
最近、毎朝、クラシックの番組で作品が流れる。
「月光」の深い静かなメロディが聴こえてきた。動きをとめて耳を澄ます。
こんなに悲しく美しい音色が・・・。手を止め、目を閉じて、聴き入ってしまう。
ベートーベンは晩年につれ、耳が不自由になった。聴こえないのに、こんな美しい楽曲を多数残した。
障がい者アートなどと、最近よく言うけれど、そんな言葉がない時代から、身体の不自由があろうとも、自らの人生をかけて表現している人がいた。
その代表例がこのベートーベンではないかと思えてならない。
改めて、その視点から彼の作品を鑑賞すると、より一層 感動が深まる。
人としての可能性。すべてを音楽に注いだ人生・・。
楽聖と呼ばれているが、確かにそうだ。
音に魂が宿っている。これが私の人生だ、叫びだ、愛だ・・・すべてが作曲家の生へのメッセージだ。
音楽性だけでなく、その人間性、生き様が250年もの間、人々の心をとらえているのだと思う。

改めて、会いに行きたい。その魂のいまだ住む町へ・・・。無理かな・・・。

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GO TO MIRAI!

アーチスト、作家たちと久しぶりに会う。
このコロナ禍で、アートの世界で生き延びるのはなかなか厳しい
が、それでも、わが逞しき仲間たちは、しっかり元気に生きていた。
半年ぶりに都内で再会。
芝居ができない。最初はどうしようと途方に暮れていたが、
なんとかしようということで、さまざまな助成金を探して、
経済的に困窮せず、活動できる方法を模索し、気が付けばその行動が
新たな動きになっている。

たとえば 定期的なネットでの新作配信。書いては配信、書いては配信。
書く方も、演じる方も大変だ。朗読劇だとやりやすいようであるが、それでも
毎月配信とは、がんばっている。

劇場を借りて、稽古を重ねて、集客をして・・・感動を届ける芝居が、
今やネット上で、また地方に出て、その機会があれば出かけていく。
芝居、演劇がその町の活性化にもつながることもあるというから面白い。

早速私もその中に入れてもらうことにする。
よし、京都で何かやろう、オンライン配信でもいいよ。
やろうやろう。という気持ちがある仲間たちとは、前に進む。

コロナをネガティブに扱うことは、もう卒業。
生きていかねばならない。どんな状況でも自分を表現したい、
メッセージを伝えたい。

この時代だからこそ、よけいに創造力が湧いてくる。

私も自らそろそろ創作しなくては。

今を素材に。今をネタに。
そして、世の中を元気に。

ポジティブな仲間と一緒に背中を押しあいながら 共に進むとしよう。
GO TO MIRAI!

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今しばらく、振り回されます!

父がちょっと手術、短期の入院となった。
退院の日は10時と言われていたので、それにあわせてさまざまな準備をして
病院に向かった。
もし、病状に急変あれば、当日朝でも電話が入るかも?その場合は退院が遅れるかもとの事前連絡であったが、とくに早朝連絡もなかったため、予定どおり病院に向かうため、電車に乗った。
そのとき、電話が鳴った。相手はどうやらその入院先の病院だ。
どきっとした!何か起きたのか?
電話に出ると看護士さん。
「あのー、今日何時に着かれますか?」
「予定どおり10時にと思って、向かっていますが?」
「実は・・・」
どうやら、父が早く退院したいと言い続けて、困らせているようだ・・・。
もう待てない状態?
看護士さんも手を焼かれたのだろう。
「そうですか・・・。ではわかりました。予定変えて早く伺うようにします。
9時には着けるようにしますので、待つようにお伝えください」
と、電話を切って、予定変更して、早めに病院に向かった。
父は待ちきれなかったようだ。
あと1時間が待てないのか?
という気持ちがこみ上げたが、迎えにいったら、さっきまで周囲に迷惑をかけていたとは思えないほど、落ち着いて静かであった。
「娘さんが来られて、ほっとされたのでしょう。ま、そういう方多いですよ」
つい、ため息が出る。そしてお詫び。ここんところ、よく謝っている。
また父に振り回された。という気持ちと、まあ、元気で良かったという気持ちが入り混じって、、、この感覚にも慣れつつ、いや慣れず、、。
こんなふうに、このところ父や母によく振り回される。
いろんなことで、自分勝手だなと思うことが多く、ときには腹も立つ。
しかし、よく考えれば、こうやって振り回される時期も、そんなに長い間続くわけではないだろう。

心をたいらにして、今しばらく、振り回されるとしよう。
これも親孝行のひとつかもしれない。

永遠には無理だけど・・・・・。あとから振り返り、いい思い出になるように。



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昼さがりの新宿同窓会。

東京といえば、新宿がもっともなじみ深い。
23年間、住民として暮らした町でもあるし、新宿にまつわる出会い、おつきあいがいろいろある。
とくに、「夜の街」などの呼称?も失礼な感じで付けられていたが、そうではなく、新宿の歌舞伎町は私にとっては、銀座以上になじみがある大人の街。
とくにゴールデン街は、興味深い場所であった。
その一角にあったスナックのママ。先代から受け継がれた、いかにもゴールデン街にふさわしいカウンターだけのお店。
人に初めて店に連れていってもらってから、あれから、30年以上の月日が経つ。
歌舞伎町に行きつけの店がある・・・なんていいながら、不思議がられながら多くのお客さんをご案内した。とにかく、いろんな思い出がある。
新宿といえば、住んでいた神楽坂と同じぐらい、歌舞伎町は思い出がいっぱい。
そのママとは、今も変わらぬ交流がある。
コロナ見舞いにと送った手紙がきっかけで、何年ぶりの再会となった。

せっかくなので、とやはり新宿となじみの深いジェントルマンもお誘いし、
三人で、新宿同窓会の開催。
その紳士は、学生時代新宿に住まい、そして夜の街もよくご利用の時代があった。
もうそれぞれ年を重ねたが、
それでも、新宿組はなぜか元気だ。

昔の飲み屋文化を懐かしみ、昭和の時代を思い出し、いつまでも変わらない新宿愛もかみしめた。

いろんな同窓会がある。
同じ時期、同じ場所で関わり、そして縁が切れないでいる関係。
久しぶりに会えばいい。久しぶりにあっても、すぐにつながる。通じる。

いろんな町の同窓会ができるのは、幸せなこと。
まずは、新宿から・・・。

すでに10年以上前に店をたたんでいても、いつまでたっても元ママを、「ママ」と呼びたくなるのも、新宿らしい。

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秋に、人生の四季を考える。

この1年間、親のことに割く時間が増えている。
ほんとうに長寿社会は何だろうと考えさせられる。
自分で決められない、予定どおりにいかないことが、
自分のことと違う点だ。
ときどき、何のためにそれをしているのか?
それがいつまで続くのだろうか?
ということを考えさせられることがある。

そんなときには、こんな考え方をしてみる。
日本には四季がある。
自然界では、今のところ、四季が繰り返される。
そして今年も秋がきた。
一方、人生にも四季がある。
でも、一度の人生のなかで、この四季は1回切り。
おそらく、私も秋にさしかかっているだろう。
親の世代は、もう冬の時代だろう・・・。
春が来ない冬の時代を生きる人たちのサポートをし、
その人生の四季がそれぞれにとって、ああよかった。
と、思えるように。いい人生だったと笑って和やかに
終わっていけるように、
そのための、ちょっとだけ自分にとっては、
意味のない時間をつきあう。
このこと自体、意味があると思いたい。

人生の四季のお手伝い。
秋という季節になると、心もおだやかに深く考えられる。





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