ザビエルに捧げる歌を、山口で・・・

いよいよ、山口に入った。そして、いよいよ12月1日だ。
昨日、キリシタン殉教の地、津和野にも足を運び、その悲しい歴史にも
触れ、そしてザビエル大聖堂へ・・。

キリスト教の伝来は、多くの歴史を、影響を日本にもたらした。
460年の歴史を経て、今、私たちの周りには、クリスマスという
もっとも親しみある国民的行事が定着したが、これはもともと
ザビエルが山口市で行ったミサから。

その山口市。本日から1か月、クリスマス市という名前でもって
連日クリスマスに関するイベントを行う。
そのキックオフである初日イベント。
念願であった、ザビエル大聖堂にて、「フランチェスコの夢」を
アカペラで奉納し、そのあとは、市内の湯田温泉での祝賀会で
演奏。リハーサルも無事終えることができた。

54歳最後の大仕事は、新たな挑戦。
ザビエルが、はじめて日本に来たとき、山口に来たとき
どんな気持ちであっただろう。
そんなことを想いながら、私なりの表現に挑戦したい。

「ああ、光る海は 希望の証だと・・」
リスボンでザビエルがそう思って船出したのだと
想像を膨らませながら・・。
今日は、ザビエルに語り掛けるように 歌いたい。
まさに、フランチェスコの夢は、私の夢。

紅葉美しきこの教会のセレモニーに1000名が集うのだという。
うまくいきますように!

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なぜ、ここに来たのか。に意味がある。

いよいよ、山口のフランシスコザビエル聖堂での本番が迫ってきた。
今さらながら、練習も準備も追いついていない、毎度のことではあるが
緊張が徐々に高まっている。

とにかく、純粋な気持ちで、純粋な声で、ことばで・・
450年以上前に、ザビエルがその町をたずね、滞在し、人々と対話し、彼の
使命を果たそうと努力をした、その町で、
その当時の様子を思い浮かべながら、心を込め、丁寧に歌いたい。

念願のザビエル滞在地での演奏 第二弾!
ほんとうに、ほんとうにありがたく・・
ここまで、導いてくださった神田のザビエルさんに感謝しても
しきれない。

これで、私の54歳の旅が一区切り。
純粋に、とにかく気持ちを込めて・・

なぜ、ザビエルが山口に行ったのか、
そして、今なぜ、私が山口に行くのか・・。

そこにこだわり、ザビエルを想い、歌いたい、

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次は、方言コミュニケーションに注目!

よく、新潟で「関西の人ですか?」と聞かれることは
すでに書いた。
方言は、印象付けには有効なようだ。いいか悪いかは別としても。
最近、岐阜の人と話していて、ああ、昔こういう言葉をよく聞いたな
とか、懐かしいと思うことが多くなってきた。
とくに方言を話すのは、ご年配の方・・かと思いきや
よく聞いているとそうでもない、若い人も使っている。
言葉とは面白い。ところ変われば、言葉も変わる。

そんななか、岐阜弁のかるたを発見。なぜか、その企画意図に
いたく共感をし、何かできないか!?と思いたち、その監修者である地元の
大学教授の先生にコンタクト、そして新年に地域の子供たちの
イベントに・・という企画を実施する運びとなった。

最近、言葉が乱れている・・・と思っていたが、その先生いわく
「言葉が乱れたのが方言ですよ」とひとこと。なるほど。
では、乱れること自体は悪いことではないということだ。
とにかく、方言を大切に、方言でのコミュニケーションを残したい
いろんな思いのこもった方言コミュニケーションツールを通じ、
今の時代ならではの、心温まる試みができればと思った次第。

コミュニケーションクリエイターの活動範囲は、まだまだ
開拓の余地がある。

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人間はやっぱ、みな平等。

誰にとっても
1日24時間365日。
それを繰り返して、人生が過ぎる。
これは誰にとっても同じこと。
1日25時間の人もいないし、1年400日の人もいない。
時計は人間平等証のツールだ。
どうせ同じ時間を刻むなら、自分ならではの
意義ある時間を重ねたいと思う。

またいつその人生時計が止まるかもしれないという点も
皆、同じ。
時計はやっぱり、人間平等証のツールだ。
明日のことが見えないから、であれば、よりいい方向にと考えたくなる。
夢とはそんな願望からうまれるのではないか。

人生の終わりを自分で決められない。
これは人であれば皆同じ。
自死を選びそれが叶えば別であろうが、それもそういう宿命
というタイミングなのかもしれず・・。
そう思えば、そこも含め、人間はいつまで生きるかあらかじめ
分からないという点でも平等だ。

最近さらに、もうひとつ思うこと。
誰しも、人に喜んでもらったり、感謝されることが嬉しい。
そこも共通している点だ。
それが人間らしき生きること、存在意義に関わってくる。

以上を考えると、総じて、
本来人間は平等であり、根本は同じだということ。

この基本を忘れず、
毎日一生懸命、謙虚に、受け入れることを恐れず、
そして愛をもって生きていきたい。

お客様が喜んでくださる瞬間の連続に出会うことで
最近そんな思いを強くする。

皆 もともと平等。
あとは自分次第。

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あとひと山、ふた山で55歳。

54歳ラストウィークを駆け抜けている。
この10日間で、越えねばならぬ新たな山が4つあった。
やっと2つ越えた。あと2つ越える。
最後のヤマは、まさにわが人生54歳のヤマ場になるかもしれない。
知らない世界へ飛び込むのは、なかなか・・・勇気がいるものだ。
でも、それをしないと世界は広がらない。
と、きっとザビエルさんもそう思っていただろう。

とにかく、悔いない人生にするために、
もがきながら走っている間に、新たなチャンスが生まれることを
たのしみながら進む。

人生の山のぼり。
修行や苦行と思うと、つらくなるが、登山と思えば楽しくなる。

毎日が本番。こんなありがたいチャレンジフルな人生はない。
誕生日まで、あと、ふたつ山を越えよう。

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11月17日開催の新潟ディナーショーのレポートを公開しました。

11月17日新潟モノリスで開催しました「愛の元気人 ファイナルディナーショー」のレポートを
公開しました。
最後の演奏曲「イツカサイゴ」の演奏の様子も、YOU TUBEにアップしています。

愛の元気人ファイナルディナーショーレポート

イツカサイゴ 新潟初演 2018

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銀幕音楽の神様に祈りを捧げ・・

小学生のころ、あこがれたフランスの世界。
それは、日曜洋画劇場のアランドロンからはじまった。

そして、その後、フランス映画の数々に、子供心にもなんともいえない
甘く切ない、美しいメロディーが使われていることを、エレクトーンの
教室で知った。そして、そのメロディを覚えた。

映画自体を観たのは、もっと大きくなってから。
最初は映画音楽から・・・

美しいスクリーンミュージックを作り続けたのは、フランシス・レイと、
ヘンリーマンシーニ。
前者はフランス、後者はアメリカの名画をより美しく彩った。

40年以上前に親しんだこれらの名曲は、今もわが心に不滅・・。
そんななか、フランシス・レイが最近96歳で亡くなったことを知った。
最近、その名を聞くことはなかったが、そうだったのか・・。
大変お世話になりました。と静かに手を合わせた。
アコーディオン弾きからはじまったらしい、この作曲家の人生。
ある愛の歌、白い恋人たち、男と女、パリのめぐりあい・・・
どれもこれも、ほんとうに美しい。

音楽は不滅だ。
パリへの憧れ、夢を少女時代の私に与えてくれた、もしかしたら
グラン・ルーの原点は、この偉大なる作曲家かもしれない。

死んでも残る美しい曲を。
改めて、人生の目標を心新たにする。

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楽しく老いて、楽しく終われ。

父のデイサービスの契約を終えた。
包括支援センターなる存在を知り、認知症予防段階から
お世話になることができることを知り、
父にすすめ、おためし体験。
若いスタッフに対応してもらえることや、友達もできるなど
いろんな意味で、父の新たな「仕事場」ができたようで、
これから週二回、通うことに合意。
関わる人がいる、相手にしてくれる人がいる、体が動かせる、
ちょっとお客様的にももてなしてもらえる・・・
福祉の仕事をされている方は、さすがだと、施設の方や
ケアマネージャーなる方を知り、感心しきり。
私なら、すぐ父に怒ってしまったり、口調がきつくなるが、
みなさん優しく、対応され、父もご満悦。
車の免許返上から、1年半経過したが、ここにきて
80歳を越えた父に、新たな居場所がみつかり、本当に
良かった。
ずっと認知症予防の段階でいてもらえたらありがたい。
そして、毎日楽しく時間を過ごし、人生を楽しく最後まで
生きてもらいたいと思う。

家族だけでは楽しく生きられない。
人は友達がほしい、仲間がほしい。
今どきの福祉サービスは、こんな領域までカバーして
くれていると思うと、ありがたい限り。

とにかく笑顔で。とにかく楽しく。

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恩師の言葉に、背筋が伸びて。

91歳になられた、元恩師。
会社員時代のボス、元社長。
私が脱サラした直後に、社長を引退された。
久しぶりにお隣に座らせていただき、いろいろお話をさせていただいた。
昔から、情熱的でちょっと妄想もされ、それが当時のビジネスにもプラスの影響があった。
環境破壊を考えるために、南米アマゾンの写真集を発行したり、
印刷会社の枠を超えて新しいビジネスをつくろうと、マレーシアや香港にマーケティングリサーチに
出かけ、よく同行させていただいた。
出張中に阪神淡路の大震災が起きたことも、忘れられない思い出だ。

その方のお名前はミスターホンダ。
本当に尽きない話題の持ち主であった。
酒類業界からの転身組で、印刷業界に大変興味をもたれた。

そんなミスターホンダが、今回2つ私に残した言葉。
ひとつめ
「印刷はグーテンベルク以来の人類の文明だ。今、印刷会社は今こそ、それに代わる、新しいバイブルを
 作らなきゃいけないんだ。わしにはできなかったけれども・・・」
やっぱり、印刷といえば、聖書だ。私もまったく同じ理解をしているだけに、この言葉に勇気を得た。
そして、
「今尾くん。わしは、君の弾く、ショパンの幻想即興曲が聴きたい」
とのお言葉。

印刷と音楽。
ミスターホンダは、本当に理解してくれていた人のひとりだ。
91歳。
100歳になられても、まだまだ語り合いたい。

やっぱり妄想でき、情熱と愛のある経営者に、心動かされる。
素晴らしい上司のもと、学ばせていただいた若き日々を
改めて愛おしく懐かしく、そして誇りに思う。

そして、恩返しをしなければならない。

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20年ぶりの「フレーフレーいまお」

2枚の写真。ちょっと古い左のものは、20年前の9月10日。京都駅の1番線ホームで撮影された。
13年つとめた会社をこの日で退職。祝宴をしていただいたあと、有志がよっぱらったまま、京都駅まで送ってくれた。
これは、そのときの記念写真だ。
このあと、「フレーフレー いまお」
とみんなで送り出してくれて、そのまま東京行きの夜行列車に乗って、
花束を抱えて、ひとり泣いたあの日・・。

その日から20年が経過した。
この懐かしい1枚のプリントを、20年ぶりに上司が見せてくれた宴。
感謝の会のつもりが、お祝いの会となった・・。
独立後もずっと応援し続けてくださっている京都のみなさんが集まってくださった。
そのときの写真が、右のもの。
皆さんに感謝の品としてお渡しした観覧車ロゴ入りの、ニット帽を全員でかぶって写った。
なんだかあたたかい1枚だ。
当時の社長、上司、後輩、ブレーン・・・。皆さんのあたたかい応援に
包まれた、京都の夜。

新旧の写真に両方載っているのは、当時の上司であり、師匠。
20年前、やめていく社員をこんな風にあたたかく送り出し、
そして20年経った今回も、あたたかくお祝いしてくださる・・。
90歳にもなろうとしている元上司たちが、祝宴を開いてくださるとは・・。

ずっと心のなかで泣いていた。
なんと、ありがたいことかと。

私が印刷会社で働いたのは、コミュニケーションを学ぶため、その大切さに気づくため、
そしてグーテンベルク以来の誇り高き印刷の存在意義を学ぶため。

絶対、これは恩返ししないと。

ありがたい20年を懐かしむ祝宴は、
「フレーフレーいまお!」
で会はお開きに。

「マーサ」と呼ばれる前は、「いまお」だったな~。
しかも、関西弁・・・。

いずれも懐かしく、ありがたく・・。
涙が今もあふれてくる。

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