My Hongkong Love

もう四半世紀前になるだろうか。
今も懐かしい、初めて出張で足を踏み入れた香港の町。

ああ、こんなに国際的な都市がアジアにあるのだ、
アジアにヨーロッパがあるのだと、心躍ったものだ。
当時、知り合った香港の印刷会社の社長さんは、顔は中国系である
のに、見事に英語を操り、そして商談の後の会食では、社交ダンスも披露され、なんと洗練されているのだろう、さすがHONGKONGと感心したものだ。
現地で知り合った日本人の社長は、何十年も香港で暮らした。よく働き、週末はマカオへカジノに出向き、よく遊んだと反省を込めて話しておられたことも今は、とても懐かしい。もう香港にはいない、返還後、渡英した。
会社員最後の仕事は、アジアのマーケティングリサーチで、香港の売り場調査に出向いた。当時の返還直後の香港は、まだイギリス統治時代の匂いがあり、わくわく感もあった。

香港は、テレサテンも愛した町であった。もっとも国際的な、自由都市。
戦争では、不幸な経験も生んだが、その時代を越え、香港は世界から観光客を集め、日本人にとっても最も近いヨーロッパとして、親しみ通う都市となった。
アフタヌーンティーも、香港で知った文化。免税のショッピングを楽しんだ日々もあった。思い出は尽きない。

しかし、もう10年以上Hongkongに足を向けていない。
とくにこの数年は、足が向かない。マカオへ行くとき必ず利用していた高速船も今は利用しない。
香港は、変貌してしまった。
今も、目を閉じれば、九龍島から香港島に渡るスターフェリーが懐かしい。
本当は今も乗り、あの風に吹かれ、歴史に思いを馳せてみたい。
しかし、香港は私の愛するHongkongではなくなった。
行くことで危険を感じたり、失望を抱くのは避けたいと思ってしまう大変残念な状況、さらに悪化している。

あの22年前までのHongkongが、私のなかの香港だ。
今、自由を、いや人として当たり前の権利を求め、訴える若者たちのデモを見ると、町に咲く雨傘を報道で見ると、胸が締め付けられる思いだ。
世の中は、どんどん不自由になっている。

私の香港は、心のなかに。
あの生ぬるい風、きっと海をなぜる風は今も昔も変わっていないだろう。

一人ひとりが自由に生きる、表現できる。
この権利が侵される国は・・・、
この地の若者たちに心からエールを送りたい。
香港らしい明日が、来るように。またいつか自由な風に吹かれに行きたい。
という願いを込めて・・・。



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新たな発想を得る空間、時間

美術館は発想するのに最適な空間だ。たとえば一枚の絵画を見ることで、その国や時代、社会の様子がイメージできる。現実を離れて、自由に自分だけの世界を想像することができる。
絵画の技術的なことは素人にはわからないが、その作品からさまざまなインスピレーションを持つことはできる。
また、絵画でも写真でもなく、行動自体をアート作品とする事例もあり、
アートとは何かを考えるにいい機会を得る。
町のなかで人目を惹く奇妙な行進をしたり、空白の本を出版したり、その行動自体にメッセージがあるものもアートだそう。その行動にメッセージがあるかどうか?あれば、それは作品となる。
決して新しい手法でもないが、私にとってはこの感覚も大変新鮮で参考になる。

生きるということは、何を伝えるかということ。
その伝えるために存在する手段が、「作品」である。

どんな手段で?これは音楽でも、演劇でも、街角パフォーマンスでも良い。
では、何を伝える?伝えたいことがあるから、作品になる。

美術館にいくと、私は作品を観ているようで、その後ろを見ているようなところがある。
何がいいたい?何のために?
その瞬間の想像が、自分の創造につながることがある。

著名なアーチストの作品でなくていい。とにかく、多数の表現、発信をどんどん吸収しよう。
美術館は、想像と創造の源泉だ。


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シアワセを運ぶローカル線にエール

新幹線や特急列車では、足湯付き、高級ホテル並みのサービスを提供し、移動時間自体を旅の目的にするビジネス機会も増えているようである。個人的には昔の食堂車付きの新幹線はとても懐かしかったし、車内販売、駅ホームでの駅弁売りも日本の列車文化のひとつとして親しんできた。人員削減などでこれらも無人化、自販機代用化になっていくことは寂しいが、このことと対局に、おもてなし列車は新たな市場になっているようだ。輸送機関の付加価値づくりというところか。
ローカル線は経営的に難しいと分社化され、地方の鉄道会社たちはいかに利用者を増やすかに工夫と苦労を重ねている。一方、電車オタクというありがたいファン層や高齢化社会が電車市場を支えていると思う。
私も個人的には、バスよりも列車移動が好きだ。車移動とは違う、なんともいえない旅情感が味わえる。列車、駅、車窓・・・魅力は尽きない。
このたび、ふるさとの鉄道会社のひとつ、長良川鉄道に乗る機会を得た。そして偶然、特別車両に乗ることもできた。これは週末の予約限定の特別車両とのことであったが、本当にラッキーであった。
なんとも素晴らしいデザイン。快適性も乗り心地もばっちりで、90分ほどの移動中、25の駅に停車しながら、昇降する人々の様子も見ながら、車窓も眺めつつ大変有意義な時間を過ごさせてもらった。
公的交通機関の運営。これからの高齢化社会の進行を考えると、ますますこういった機能は重要になる。が、おいそれと新しい線路を敷くわけにはいかない。
せめて、今ある路線がなくならないように、みんなで利用し、盛り上げることが必要だ。
それにしてもこんな素晴らしい電車。高級グルメは要らないから、ちょっといつもの移動が楽しくなる・・・そんな電車の旅は、私にとって宝物だ。
30年以上新幹線に乗り続けてきたけれど、最近、改めてローカル線の良さを身に染みて感じている。

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町の便利屋アライアンスに感謝

やれ、網戸が破れて虫が入ってくるから、張替してほしい。
風呂の追い炊きもしづらい・・という親からの連絡を受け、実家の近所の
昔からお世話になってきている商店に連絡をして、一度見てもらえないかと
お願いをする。
その商店は、50年前は、プロパンガスの販売会社。今はガスに関連して
水回りの工事一切から、リフォームにいたるまで、おうちの便利屋さんのごとく、業務内容を広げておられる。といっても、近隣のもともとの顧客(両親のように)から、何かのついでに「あそこがおかしい」「ここをみてほしい」と声がかかって、対応するようになったということのようだ。
もともとプロパンガス販売業が、今やおうちの何でも屋さん。ガス屋さんが網戸の修理?玄関の手すり付け?社内で対応できないことは、地域の専門業者さんと組んで、そこに依頼する。まさに、便利屋アライアンスだ。
網戸を扱う会社も、営業がいなければ仕事にならぬ。普段から各家庭に入り込んでいるガス屋さんが営業をしてくれていることになる。
専門店のアライアンスによって、高齢者が住む町は支えられている。
子が同居していれば、なんてことないことも、そこにいない、すぐに帰れないときに町の便利屋さん的存在に連絡する。
とはいえ、そのガスやさんも本当は便利屋さんではないため、お金のとれないサービスもしているような心配もあるが・・。
またガス屋の担当者は、大変親切で明るい。地域のお年寄りにはとても助かる人材なのだ。こういったつながりを見ていて、安さで勝負する量販店とは違う、もともと地域に根差す専門会社の存在感について実感する。
町の便利屋さん。暮らしの不便を解決してくれる人がいてくれることはとてもありがたい。こと、高いところに手が届かず、電気もわからない私としては、そういう便利屋さんに助けてもらって、親との別居を可能にしている一面もある。
高齢者の生活の不便。◎◎弱者といわれるお年寄りが安心して暮らせるように
地域の力を借りて、感謝していきたいと思う。

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腕・器量よし、丁寧な名医

医者もサービス業であるということを理解される方も増えてきたが、まだまだ高齢で自ら病院を拡大されてきた大先生たちのなかには、横柄な態度を取られる方や上から目線の方もおられ、正直こういったタイプの医者には一生世話にならないぞ、そこに行くぐらいなら、自力で直してやる!ぐらいの気持ちも芽生えるほど医者も千差万別だ・・。

身近に利用するお医者さんは自分のことをわかってくれる人が良い。そんなわけから、歯医者や整形外科は今も東京で利用していたクリニックに、針灸治療は新潟の治療院で、お世話になっている。腕がいいのと、ちゃんと説明をわかるようにしてくれる、態度がいい、親切というのが利用している理由だ。そのなかのひとつは、待ち時間が長く、そこはちょっと困るが、それでもいつでも多くの方が待合室にいる。それだけ人気があるということだ。

腕は確かで、器量よし、そして丁寧。これが私から見たいいドクターの条件。
そして、その医院(病院)は清潔が一番。新しい方がもちろんいいが、新しさ以上に清潔感が優先だ。

そんなクリニックや先生は、東京だけでなく、地方にももちろん存在する。
今回たまたまみつけたクリニック。町中にある、いかにも町医者。
上記の条件を全て満たしている。そして、ここの先生は、まだ40代であり、若さに満ち溢れ、元気いっぱいだ。
難聴の方には大きい声で診察されたり、痛みがある方には冗談を言いながら痛みを癒すコミュニケーションをとられる。 あるとき、そのドクターと話しをする機会があった。
「先生の対応は本当に素晴らしいですね。丁寧で、親切で。尊敬しますわ」というと、先生は謙虚にこうおっしゃる。
「いやいや医者は、サービス業ですから、当たり前ですよ。ぼくら、手術なんかもしますけど、患者さんがその時痛がっておられると本当に申し訳なく思うんです。でもそのあと良くなられることを楽しみに、がんばってがんばってと励ます、そして先生良くなったよ。と言われるのが一番の喜びなんです」
この寄り添い方がとても素敵だと思うし、こういう医者ならば人にも紹介したくなる。
最近、同じ名古屋で女性の脳外科専門医の存在も知った。お会いしてはいないが。海外から学生が学びに来ている、脳外科の大先生であるが、この方も腕だけでなく、人としても素晴らしいようだ。毎朝、病院のロビーで患者さんと一緒にラジオ体操をして、今日退院される患者さんを拍手でお見送りされる。
腕もいいが、コミュニケーション力もある。
これが、選ばれる医療関係の条件。

医者だけが特別ではないが、これから、ますます重要になる、お世話になる医療機関。しっかり見極めて、ホームドクターとしてお世話になれるように、おつきあいしていきたい。

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このままずっと作る?売る?

経済のローテーションがなければ、世の中はどうなってしまうのだろう。
インカムがあるから、消費もすれば、豊かな余暇もある。
しかし、いよいよ老後は年金頼みは無理となり、2000万円ないと
これからの長寿社会生きられませんよ~なんて、言われてしまうと
ほとんどの生活者は困ってしまうのでは?
そんな貯金無理という人も多いと思う。
今さら投資をするとかいう前に、まずは節約をしなければならないと思うのが常識人の考えではないだろうか。
消費税のことも考えると、モノを買わなくなる人が増える。
売れなくなる。財布のひもはきつくなって当然のこれから・・・。

一方、それでもメーカーはどんどん作って、どんどん売ろう売ろうと、さまざまな手を尽くして、生活者に向けて情報を送ってくる。それに左右されている人もいるが、そんな時代がいつまで続くことやら・・・。

生きていくことの厳しさ、どう生きなければならないか・・の絵が描けないままなんとなく平和にぬくぬく育ってきた現代人、これから、しっかり考えて自分の人生に必要なことだけを選んで、堅実に生きていくことができるだろうか?

私自身、将来は見えていない。おそらく私だけではないだろう。

ただ、思うのは、ある日突然将来があるのではなく、毎日毎日、一歩づつ将来に向かっているのだから日々できることからやっていく、計画を立てながら動き始めることが現実的なのだろう。
となると、自動的にまだまだひもが緩い財布を閉めていくことになるし、
もうそんなに欲しいものはなくなるはず・・。

もう、モノはこれで充分である。

この境地に立って、地道に生きることが一番のようだ。

しかし、こんな生活者が増えるとメーカーも流通も困るはず。
自動車メーカーはいつまで車を作り続け、売り続けるのか?
自動化運転であればいいという話でもなく、車がなくても生きていける分野まで
創造してくれたら、本当に素晴らしいと思うのだが・・。

もうすぐすると、夏のセールがはじまる。セールしなくてもいいように
売れる分だけ作ればよいのに・・。

セールも含め、なんとなく買ってしまった消費者が、やっぱり要らないとオークションに出す・・。
過去の失敗を反省し、余計なゴミのサイクルをつくらない、それに関わらないようにしないと・・と身の処し方も考える今日この頃。

本当にいつまで作り続け、売り続けるのか?成長とか発展とか要らないから、コンパクトな人生で幸せを実感できるように
なれたら・・。
すべて、反省と自戒も含め、もっとモノを大切にしていた、ありがたかった時代を振り返り、消費という欲望の闇から、脱出して生きていかねば・・・。

気が付けば、日本は心身ともに貧困の国・・・とならないように。

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一人何役もやりまっせ!

ある企業様主催の会食を兼ねたセレモニーイベントのお手伝いをさせていただいた。新社長就任のお披露目と、来る周年記念に向けてのお客様をお招きしての「感謝の会」だ。
企画から一緒に練り上げ、何度も何度も打ち合わせをした。その主催企業にとって、何十年に一度といってもいいぐらいのビッグイベント。
みんなで創り上げるというプロセスが大変重要だ。

今回は、プロセスは黒子であったが、当日は司会と会食時の生演奏を担当した。
司会者は、ご参列のみなさんに顔を向けて話すので、すぐわかるが、ピアノ演奏は背中を向けて弾くので、気づかない人も多い。
気づこうが、気づかれまいが、どちらでも良い。
両方の役割をひとりで果たせることを楽しみながら、行う。

司会は司会で会を進行、演奏は演奏でムードづくり、盛り上げに役立てば・・。

演奏しながら、会場を振り返りつつ、お客さんの様子を見ていたら、あるお客様がずっと自分を見ていることに気づき、目が合う。
「あ、司会の人がピアノ弾いてる」という感じだ。その人はずっと私の演奏を機にかけてくれていた様子。

そして、この会がお開きになり、お客様がお帰りになるときに、その方が歩み寄ってくださって、「司会とピアノと両方やられるんですね~」と大変興味をもって話しかけてくださった。その方もミュージシャン経験もあるようで、音楽で仕事をするということについてのお考えもあるようなご様子。

司会だけ、演奏だけ ではない、両方やるというところがいい!とその方はおっしゃっていただき、また近いうちにお会いすることになった。

ひとり一役の時代でなくてよい。自分ができることはなんでもやればいい。
何でも、何役でもしまっせ。これこそがコミュニケーションクリエイターの進む道。これからも、わかる人にはわかる稀有な道を進んでいきたい。

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マネジメントコミュニケーションという発想。

高齢化社会のなかで、必要とされている仕事のひとつが福祉のお仕事。介護にかかわる人々のご苦労には、本当に頭が下がる。
経済の発展とともに、人間の寿命は延び、一方、生きるためには働かざるを得ず、そのために本来そうではなかったことがどんどん外注化され・・・。福祉はまさにその影響下にある業界であると思う。

社会のために、人のためにと高い志をもって取り組む人たち若き人たち、需要が高いだけにその職につくことはできても、そのあとの継続がなかなかむつかしい。現実はそんなに簡単ではない・・。認知症など様々な疾病、老化が進むお年寄りたちのお世話をし続けるという大変な仕事。しかも人手不足であるが故にハードな職場環境。
現実には思う通りにならない、ストレスがたまり、怒りが爆発することも少なくなく、離職率も大変高いと聞き、納得もしながら、危機感も抱く。
福祉の仕事は本当に頭が下がる。でも、お世話にならずに生きていくことは難しい世の中になっている。

さて、その福祉の現場では、怒りをおさえる、鎮めるためのトレーニングも積極的にされているとのこと。そのひとつがアンガーマネージメント。
怒りを制御し、うまく落ち着いて仕事ができるように自分でコントロールする術を身に付けるコミュニケーション方法といえばよいだろうか。
暴力に向かわないために、また自分がストレスをためないためにも、こういった処世術は大変有効だ。
この感情のコントロールの必要性は、介護だけでなく、日常社会においても大変重要だ。最近は、コミュニケ―ションが乏しくなり、うまく伝えられないことで、摩擦や衝突が起き、事件になることも多い。そこで、その解決法のひとつとして、マネジメントコミュニケーションという考え方はどうだろう?

たとえば、いつも笑顔で接するようにする。なんでもプラス思考で考える、
相手を一面的ではなく、多面的に理解しよう、いいところを探しそうと努力する、褒め合う、最後に感謝の気持ちを伝える。自分のことも褒める・・などなど。相手だけでなく自分との向き合い方も見直すことも重要だ。

日々を楽しく有意義に過ごし続けるために、自分をマネジメントするそんなコミュニケーションのあり方はどうだろうか?このことは、大変重要なことだと、最近思っている。

このテーマ、今後、もう少し突き詰めて、考え続けていこうと思っている。
怒りをおさめるだけでなく、バランスよく感情豊かに、もっと前向きに、毎日を楽しく感じられるように感謝の気持ちが増えるように・・・そんなあったかいコミュニケーションの花が世の中に咲き乱れるといい・・。そんな風に思っている。

一人ひとりが、まず自分をセルフマネジメントし、社会とうまく共生していくため、幸せに生きるために、コミュニケーションを役立てたい。

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せめて親不孝しない人生。

最近、残酷すぎる事件が続いており、そのたびに心が痛い。

無差別に人を傷つけたり、人生を奪ったりするそんな事件が起きるたびに
その被害者そのご家族のことを思うと、決して他人事と思えず、胸が痛い。

いつ、どこで自分もそういう目にあうのか、まったく予測不可能な、物騒な世の中になってしまったことが悲しい。
一方、被害者だけではなく、加害者の家族のことも同時に思い浮かび、これも心が痛い。
また、そういった事件が起きたことがきっかけで、父親がわが子を殺傷した事件を知り、さらに心が痛む。

親の責任として、そんな選択をされたのだろうが、あまりに悲しすぎて言葉が出ない。
他人様を傷つけるような人間になってはいけない。これは当たり前のことであるが、同時に親不孝もしてはいけない。

と、思うが、でもその感じ方ももしかしたら、人それぞれなのかもしれない。

人に迷惑をかけない人生。これはまず人として大切なことであるが、環境によって人生はさまざまである。

報道も伝え方を考え、とにかくこういった事件が増えないように配慮をしてほしい。

モノの豊かさとうらはらに、心寂しい現代社会。ぬくもりや、思いやりを取り戻したいものだ。
とにかく、親不孝をしない人生。大きく成功するよりも、そっちが人として大切だ。
被害者、加害者。いつでもなりうる。ではない社会を目指したい。


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会社の歴史を語る仕事への誇り

名古屋に拠点を移し、そろそろ2年になろうとしているが、気が付けば、この地に世界を代表する日本のモノづくりのルーツがあり、しかもそれが本当に近所である偶然?うれしく、改めて、ここを選んでよかったと思っている。
そのひとつは、トヨタ産業技術博物館だ。
トヨタのミュージアムといえば、もうひとつ、郊外に広大なトヨタの博物館があるが、こちらは車そのものを数多く展示し、世界の車のコレクションも充実しているため、車好きな方にはたまらないが、近所にある前者は、まさに豊田佐吉が開発した織機の工場跡につくった、トヨタのモノづくりの全貌がわかるミュージアム。
織機部門と自動車部門に分かれて、豊田の歴史と技術を丁寧に展示している。
衣食住の「衣」の発展を支えたのは、まさに豊田佐吉さんの功績だったのだと改めて実感できる感動の空間である。
そして、織機づくりの技術が、車の製造にも活きていることが、素人にも感じることができる。


今回2度目の訪問となったが、平日でもありゆったり見学できたのは良かった。それに加え、各コーナーにスタンバイしている説明員のスタッフの案内を受けることもでき、それも大変勉強になった。とくに、今回感動したのは、写真の女性スタッフ。研修生の名札がついていた。きいてみると、スリランカ人の方だ。

1歳半から日本に来て、こちらで育ったそうで、日本語はお見事。流れるようにしかも一生懸命にトヨタの歴史を話してくれるのが、大変印象的であった。彼女が担当したのは豊田喜一郎氏が織機の契約でアメリカ出張に行ったことが、自動車部門設立に至り、最初の乗用車をつくるまでのまさに自動車部創世期のお話し。
展示してある写真、ジオラマ、車の複製などを見ながら、トヨタの最初の自動車づくりについて、大変わかりやすく語ってくれた。
この博物館は、海外からの見学者も多く、バイリンガルで対応するのは必須であるが、世界から集まるお客様に、世界のトヨタを印象づけるにも、彼女のような存在は大変貴重と思った次第。
「全部、覚えているの?すごいね。そんなすらすらトヨタの歴史が話せるなんて」と称賛すると、彼女はとても喜んで、「はい、がんばってます!」と答えてくれた。
まさにNHKの「クールジャパン」にも出てきそうな彼女が、立派にトヨタの歴史を話す・・さすがTOYOTA。自動車部門設立後、TOYODAからTOYOTAに名称が変わったそうであるが、個人の名前ではなく、世界に通じる名前になるために響きも大切などの理由があっての名称変更で、のちに工場があった町も豊田市になる。地名まで変えてしまう企業って、すごい!
モノづくりこそが、人を豊かにする。という時代。トヨタのおかげで、日本人は戦後、豊かな暮らしを享受し、経済的にも世界と肩を並べることができた。今でも海外で共通する日本語のひとつは、TOYOTAだ。
研修生の彼女がこの名古屋から世界に向け、さらにご活躍されることを心から応援している。




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