他人のような叔父さん。

子供の時にかわいがってもらったおじさんは、今70歳になる。
そう、子供時代、同居していたこともある。
だから、自分の親のことや、家族については、身内という立場で
よく理解してくれている貴重な存在。
このおじさんと、時々、珈琲を一緒に飲み、話をする。
若いころはしたことがなかった。
こちらが50代を過ぎてから、おじさんの存在のありがたみを
改めて知り、なんとなく年齢が近くなってきたような感じがして
自然と会話するようになった。
その叔父は、身内にもかかわらず、
「身内のことを気にしすぎず、自分の人生を楽しんだらいい。」
という。そしてさらには
「遠くの親戚よりも、やっぱり近くの友人。友達が多い方がいい」
とも。
叔父は近所の一人暮らしお爺さんや、気のおけない遊び仲間や、
昔の仕事仲間など・・気になる人が多くいるという。
毎日のように、そのお爺さんに声をかけ、何かあれば病院にも
付き添い、まるで家族のようなつきあいをしている。
そして、その生き方が楽で、たのしい。
という。

親のことをやたら気にするそんな年齢になってきた私に
「そんなに親のことなんか心配しなくてもいい。
何かあれば、ちゃんと何とかしてくれるしくみができているんだから。
親のことより自分の人生だよ。」
といつも、気遣ってくれる。

若い頃から苦労し、自立の道を生きてきた叔父。
自分らしく、生きるべく、努力してきたからこそ言える
言葉が心に染みる。

そう、身内ももちろん大切だけれど、
地縁含め、与えられたご縁を大切にしていくこと。
これは、本当に大切だ。

叔父さんは、もしかしたら、年の離れた兄なのかもしれない。
身内だけど、独立した関係だから、ありがたい。

そう、いい意味で他人のような、
そしてかけがえのない心族の一人だ。

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