ピアノに魂あり。

広島のピアノ調律師が、被ばくしたピアノの修理、調律を20年以上続けて
おられることを知った。
そのピアノは、このたびオスロでの平和コンサートでもステージに立ち、
アメリカの著名アーチストによって演奏され、その存在を改めて世界中に
アピールすることとなった。
調律師の方いわく、
「ピアノも被ばくしたわけで、ピアノも核廃絶を願っているに
違いない・・・」
この言葉が心に強くささった。
被爆者の高齢化が心配される昨今、人の命以上に、長生きできるピアノ。
もちろん修理や調律といった人の手がなければ、ピアノも生きられないが。
でも、ちゃんと調律すれば、何百年も生き続けることができる。

この被ばくピアノの存在。
ピアノは弾いている人の魂を吸収しながら、長く生き永らえるのだ
ということを改めて思うと、
楽器は単なるモノではなく、魂ある、いのちある存在だと
思えてくる。

改めて「調律師」という、ピアノへの命を吹き込む、生命を復活させる
素晴らしいお仕事をされている職人さんに心から敬意を表したい。
今回、一度、広島まで訪ねていきたいと思った。

人がかかわる道具には、命が宿る。

ふと、9月に長崎のそとめで演奏させていただいた
150年前フランスからやってきたド・ロさまの
オルガンを思い出した。
こちらには、長崎の人々の信仰の歴史が刻まれている。

ピアノに魂が宿り、時代を超えてメッセージを伝え続ける。
素晴らしいことだ。
その一端に関われる生き方を目指したい。

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