恩師のショパンはクリスマスギフト。

高校時代、ピアノを教えていただいた先生。3年間学校と、自宅レッスンとでお世話になった。
今思えば、この先生のおかげで、リストを卒業演奏で演奏できた。
また当初、私は音大ではなかったが教育学部の音楽科を目指していたため、
その入試で演奏する課題についてもお世話になった。
試験の結果は、そちらに縁がなく、そこで私の音楽時代第一期はここで終わった。

そして、京都へ行った後、音楽なしの生活になり、お世話になっていた先生とも最初は
年賀状のやりとりがあったが、転勤や引っ越しや・・・でいつの間にか途絶えた。
思い出すことがあっても、連絡先も不明になってしまい、遠い遠い思い出になっていた。
そう、35年もご無沙汰していたことになる。

そんななか、たまたま今年から始めた、岐阜新聞本社でのロビーコンサート。
あるきっかけで、同じ会場でその先生が時々出演されていることを知る。
そして、先生も、私がそこで演奏していることをお知りになり、
そして前回私のステージに来られた。まさかの先生登場で恥ずかしかった。
クラシックをきちんと?演奏していた高校時代、
まさかその生徒が30年後に、立って弾き歌いをしているとは!
久しぶりの再会は、「まあ、あんなふうに弾いて」という驚きだったかも
しれないが、先生は当時と変わらず、優しく自然体に言葉をかけ、その後
やりとりも復活。
それから、1か月。
今度は先生のステージがあり、こっそり駆けつけた。
その先生にはいろいろ教えていただいたが、先生の演奏はあまり聴いた記憶も
なく、そして60代をこえて、どんな音色を出されるのかと、興味が湧いた。
何より、ピアノのご縁でまた出会えたことへの喜びが私を会場に向かわせた。

ピアノを習ったのはもう35年程前なのに、先生はお変わりなく、若々しい。
そしてショパンの子犬のワルツ、ノクターン、幻想即興曲、バラード・・と懐かしい
名曲を演奏された。女子大生が弾いているといってもわからないほどに、純粋な
音色でありながら、どこか丸みがあり、演奏の年輪も感じる。
そして、演奏された曲たちは、
自分も35年前、まさに弾いていた曲。
私はその後、すっかり遠回りして、道草していたのに
先生は、変わらずクラシックの世界で、きちんと演奏されている。
60代後半になられた先生の演奏を聴きながら、35年前のレッスンを
思い出したら、涙があふれてきた。
なぜ泣いているのかわからなかった。
ショパンが時を止めたようでもあった。

ああ、ふるさとでの活動を始めてよかったと思った瞬間であった。

ショパンは35年前も、今も変わらない。
弾く人にとっては永遠であり、いつも新しく、美しく、そしてどこか悲しい。
いつの間にか、そういえばショパンはパリで亡くなったのだ・・と
その場所バンドーム広場を思い出していた。

ピアノの音はその演奏家の内面を映し出す。
80歳まで生きるならば、絶対に幻想即興曲を弾いていたい。
これが私の夢のひとつ。
先生はもっとすごい難曲をも、こなされるだろう。

35年前から変わらぬこと。
ショパンと、演奏家と・・音楽が好きな自分と・・。

ふるさとでいいクリスマスプレゼントをいただいた。

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