おばちゃんにエール活動開始。

母がいない家、町。
想像もしなかったし、まだ実は自分にとっては、実感がない。
わざわざ実感して感情が湧いてくるよりも、今はこれまでどおりに
時を過ごし、ずいぶん時間が経ってから・・・そういえばいないんだ・・みたいな感じになるといいと思っている。
と、自分のことはおいといて、母と長い間、家族同様におつきあいいただいてきた近所のおばちゃんたちが気になる。
農協の渉外担当によると、どこに行っても母の話題でもちきり、それ以外のトピックスがないようで・・・。それだけ母の死は共通の出来事のようだ。
皆さん、惜しんでくださることは、ある意味うれしく、ありがたい。
その中でも、とくに96歳、母と同い年81歳のお二人。
もう半世紀以上、母と家族以上のおつきあいをしていただいてきた。
葬儀も、悲しみのあまり、参列できなかった、眠れなかった・・・という
状態であったようで、こちらが心配になってしまった。
母の死が仲良しの方に、悪い影響を与えてはいけない。
母が亡くなっても、元気に生きてもらわねばならない。

そんなことを思ったら、いてもたってもいられなくなり、
おばちゃんち訪問作戦を実行した。
「こんちわ~。おばちゃん、おられる?」
「元気にされてますか?元気?元気?がんばってもらわなあかんよ。
お母さんの代わりにがんばってくださいよ」
私自身、この方たちとは、母が元気なうちは、そんなに懇意にしてはいなかった。ライブに来ていただいたら、御礼を言ったり、時々出張土産を持っていく
程度であった。
母の調子が悪くなるにつれて、おばちゃんたちとのやりとりも増えた。
みんなで元気に生きなくちゃ!という思いだ。

今は、母の代わりに元気に生きていただくために、応援する番だ。
おばちゃんたちは、話している間に元気になられた。笑い声も出た。
「そうやな、寂しいけど、元気に生きなあかんな。」

少し落ち着いたら、母を懐かしむライブも企画しようと思っている。
おばちゃんたちが、元気で、そして母を忘れないために・・・。
次できることは何か。楽しく、次のステップに進んでいこう。
母がお世話になった方に、お返しをしていくこと。
これが残された仕事。
みんながいい思い出で、人生を進んでいけるように。



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