一粒、一錠で・・

薬屋さんは、今、ドラッグストアと普通に呼ばれているが、ドラッグドラッグ・・・よく考えたら、決して健康的な意味ではないのだが・・。

そう、薬とは薬物であり、ときとして毒になる。危険性がある。
作用があり、反作用がある。後遺症にもなる・・。
使い方が難しい。
この選び方、使い方を間違うと、疾病が回復するどころか、反対の道をたどることになる。
今、親の状況回復のため、さまざまな専門家の知恵を借り、塩梅をはかりながら
日々格闘している。
そこで気づいたことがある。
「薬を飲んでいるから大丈夫」
ではない、ということ。
症状から、その処方が良いであろうと、医師が責任をもって処方されたその薬。
服用する人間ひとりひとりが、違う体質であり、その反応は一律ではない。
本当に薬が効くということは凄いことであり、効かないことも大いにありうる
一種の賭けのようなものだ。
たとえば、認知症の薬ひとつとっても、薬によって行動を促進するもの、抑制するものがある。また、あまり効きすぎると逆効果になることも大いにある。

今回、まさにこの状況下で、日々模索している。
今は便利な時代である。ネットでいろいろ調べることができる。
専門家の力を生かす、サードオピニオンの活用はもちろんであるが、疑問に
思ったら、調べて質問すること、提案することが大切だ。
専門家といっても、医師から薬剤師・・・いろいろあるが、日ごろからの
ネットワークが身を助けてくれることもある。
与えられたまま、受け身でいるだけであると、解決にならないことがある。

最近はそんなことにも直面しながら、
薬の怖さと凄さを痛感している。

まさに薬は毒。毒だから菌が死ぬ。毒だから命も危険。
薬って、草冠に楽しいと書くから、もともとは生薬からきていたのだろう。
化学の発達、西洋医療の発展により、いわゆる薬が多様されるようになった。
薬で抑える。薬で促進する。
即効性ある分、怖い。
生薬が一番なのだけれど、もうそれでは間に合わないこともある・・。

最近、この一錠、一粒の重みをかみしめつつ、
いのちについて、考えさせられている。

薬に頼らず、生きられるよう、心身ともに強い人間になりたい。
自分は、まだ間に合うだろうか・・。

とにかく、受け身であってはいけない。自らが関わること。
とくに調べることができない老人の代わりに・・・。
症状を嘆く前に、できることがあったら、行動すること。
今の私にとって、これらが生の教訓である。

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