変化に対応、いろいろあれど。

アフターなのか、ウィズなのか。コロナとの向き合い方がこれからの社会生活のひとつの課題になっている今日。
思わぬことが起きるということが今回立証されたことで、いかに変化への対応が重要かを改めて知らされることになった。
変化への対応・・・。
よくマスコミや、企業ではその言葉を多用する。
そのとおりであるし、もっともであるし、それを口にすることで背筋も伸びる。
では、具体的には?

実はここが大切だと最近思っている。

生きていく上で、変化に対応というのは、今始まったことではなく、
もう実際そのように生きてきており、これからもそうしていく・・生きるということはまさに、変化への対応なのだ。
自分の変化、そして自分の周りの変化にいかに対応していくか、向き合っていくかがまずは優先。

自分の場合、今は親の変化ということが大きな課題、ときに難問である。
老いていくというこの変化に対して、どう向かい合うのか?
悲しいかな、子供という存在は、自分や自分の親は変わらないもの、絶対的な存在・・とどこかで思っている。そうであってほしいと思っている。
だが実際、そうではない。
親も、自分も、家族も、そして友人、知人も、会社も、町も・・・。
変化のない人生というのはありえない。悲しくもある。

今、コロナへの変化といいながら、それよりプリミティブな人間の老いという変化について、自分がどう向き合うのか?について日々考えている。

いずれにせよ、日々すべて変化していく。そこだけ忘れず、ときにはあきらめも
そして、生きている以上は希望を持って。
変化に対応しづらくなる年寄り、これは変化を認めたくない、死にたくない、今のままでいたいという人生への抵抗なのかも・・・。

などなど、「変化」ということに改めて考えさせられている。

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