会社の歴史を語る仕事への誇り

名古屋に拠点を移し、そろそろ2年になろうとしているが、気が付けば、この地に世界を代表する日本のモノづくりのルーツがあり、しかもそれが本当に近所である偶然?うれしく、改めて、ここを選んでよかったと思っている。
そのひとつは、トヨタ産業技術博物館だ。
トヨタのミュージアムといえば、もうひとつ、郊外に広大なトヨタの博物館があるが、こちらは車そのものを数多く展示し、世界の車のコレクションも充実しているため、車好きな方にはたまらないが、近所にある前者は、まさに豊田佐吉が開発した織機の工場跡につくった、トヨタのモノづくりの全貌がわかるミュージアム。
織機部門と自動車部門に分かれて、豊田の歴史と技術を丁寧に展示している。
衣食住の「衣」の発展を支えたのは、まさに豊田佐吉さんの功績だったのだと改めて実感できる感動の空間である。
そして、織機づくりの技術が、車の製造にも活きていることが、素人にも感じることができる。


今回2度目の訪問となったが、平日でもありゆったり見学できたのは良かった。それに加え、各コーナーにスタンバイしている説明員のスタッフの案内を受けることもでき、それも大変勉強になった。とくに、今回感動したのは、写真の女性スタッフ。研修生の名札がついていた。きいてみると、スリランカ人の方だ。

1歳半から日本に来て、こちらで育ったそうで、日本語はお見事。流れるようにしかも一生懸命にトヨタの歴史を話してくれるのが、大変印象的であった。彼女が担当したのは豊田喜一郎氏が織機の契約でアメリカ出張に行ったことが、自動車部門設立に至り、最初の乗用車をつくるまでのまさに自動車部創世期のお話し。
展示してある写真、ジオラマ、車の複製などを見ながら、トヨタの最初の自動車づくりについて、大変わかりやすく語ってくれた。
この博物館は、海外からの見学者も多く、バイリンガルで対応するのは必須であるが、世界から集まるお客様に、世界のトヨタを印象づけるにも、彼女のような存在は大変貴重と思った次第。
「全部、覚えているの?すごいね。そんなすらすらトヨタの歴史が話せるなんて」と称賛すると、彼女はとても喜んで、「はい、がんばってます!」と答えてくれた。
まさにNHKの「クールジャパン」にも出てきそうな彼女が、立派にトヨタの歴史を話す・・さすがTOYOTA。自動車部門設立後、TOYODAからTOYOTAに名称が変わったそうであるが、個人の名前ではなく、世界に通じる名前になるために響きも大切などの理由があっての名称変更で、のちに工場があった町も豊田市になる。地名まで変えてしまう企業って、すごい!
モノづくりこそが、人を豊かにする。という時代。トヨタのおかげで、日本人は戦後、豊かな暮らしを享受し、経済的にも世界と肩を並べることができた。今でも海外で共通する日本語のひとつは、TOYOTAだ。
研修生の彼女がこの名古屋から世界に向け、さらにご活躍されることを心から応援している。




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