代わることができない代わりに。

東京を脱出したわけのひとつは、親のこともある。
元気ではあるが、おかげさまで、まだボケていないようであるが、それでも
体力の低下は避けることができない。
もともとスポーツが好きであった父が、走ったり、激しい運動は難しく、
歩行時に足が痛むというのがこの何年間かの苦労でもある。

それでも、車いすのお世話にならないで、自力で歩く、杖を使ってでも
遅くてもゆっくりでも、自分で歩く・・ここを何とかがんばってほしいと
父をいつも励ますが、痛みというのは、本人しかわからない。

体力低下、老化を自覚してくると、気弱になってくるのか、時々弱音を
吐く。
「なんで、自分ばかりが痛いめに・・・」
といったことをつぶやく・・。
痛みを代わってあげられないことは、本当になんともつらいもの。

通院するように、リハビリにいくように、薬も飲むように、あたたかい
お風呂でマッサージするように・・と、いろいろ言うが、代わってあげることができず、
「痛いの痛いのとんでいけ~」とおまじないをしたり、励ますことしかできず、そんな自分が、とてもはがゆい。
応援はできるが、協力もできるが、痛いのは、代わってあげることができないから・・。
人間、結局は自分でがんばって生きていくしかない。
まだ、自分で歩き、話し、食べて・・・普通に生活ができるだけありがたいと
思い、父ができる限り、長くがんばって自分の力で生きられるように、応援したいと思っている。絶望しないように、ささやかな楽しみでも、それがひとつづつでも増えるように・・・。

痛いのは生きている証拠だけれど、痛みは誰にとってもつらい。
運転免許も返納し、いろんな意味で、父からいろんなことを奪っていることが
切ないが、それでもまだ自力で生きていてくれること、好きな晩酌ができること、そんな今でも楽しめることに目を向けて、出来る限り誘っていきたい。

彼の痛みが消えるように、何かできることがあれば・・・。頑固じいさんだけになかなかむつかしいが、この気持ちが伝わるといい、その気持ちが痛みをやわらげたり、癒しになれば・・と思うが・・。

父にずっとエールを送り続ける。それも私の大切な役割だと信じている。
なんだか小さくなっていく、ちぢこまっていく肩を抱き、一緒にゆっくり歩き、
「お父さん、がんばろう!お父さん!がんばろう」最初はカラ元気でも、言い続ければ中から元気が湧いてくると信じ続けて・・・。


カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク