コストなしの世界旅。

わざわざ混雑する時期に、高い費用をかけて・・の海外旅行は、本当に大変だ。
その時しか行けないとなれば、やむを得ない。そろそろお帰りのタイミングか。

どうせ行くならば、出来ればオフシーズンにひっそりと隣町へいくような感覚で、と思っている。
この連休中は、心の中の旅を楽しむ。この頃は、昔覚えたあの曲たちが、どんどんよみがえる。
何かの弾みで、世界の民謡、当時流行ったポップスのメロディや、その歌があった時代の一コマが、心に次々沸いてくる。

子ども時代は、音楽や美術や社会の授業を通じて、読書を通じて、世界を知るきっかけを得た。ああこれは中南米のメロディ、これは映画音楽、これはジャズ・・
あるいは、ベートーベン、シューベルト・・・。ああ、これはゴッホ、これはルノアール、これはザビエル、これはパリの・・・。
たずねたこともない国の、町のことを、図書館で見聞きした絵や写真、文字と
音楽などを通じ、想像して楽しんでいた。
気が付けば、いろんな刺激に触れ、断片的に自分の中で世界旅行やタイムトリップを楽しんでいた。

よく考えれば、素材があれば、想像でどこでも行った気分になることができる。旅は、お金をかけないでも、十分楽しめるものだ。
自宅にいて、映像や動画を観ることにより、町のコンサートに行くことで、もっと旅が身近になり、心が豊かになった気持ちになった。。

その後大人になって、いろんな場所へ出かけたが、予めの想像の旅があったことで、リアルな旅がより一層有意義な経験になった。初めて訪ねにもかかわらず、何度も足を運んだような懐かしさもあり、不思議に思うことも多かった。想像の旅とリアルの旅のおかげで、自分の人生で旅は重要なコンテンツ、栄養源となってきた。

年老いたら・・・もしカラダが動けなくなったら、かつて自分が行った町や国のことを思い出し、あるいはピアノを弾きながら、誰かのCDを聴きながら(ネットではなく)、昔撮った写真や絵葉書や誰かの画集を眺めながら、思い出のカップにコーヒーか紅茶を楽しみながら、ゆっくりその時代と町を思い出す、、、。そんな心の旅を楽しもうと思っている。

そう考えれば、旅はそんなことでも充分に楽しめるのだ。
映画も音楽も身近に、また世界の料理も手軽に楽しめるこの時代、
コストなしでも、素敵な旅ができる。

さあ、次はどこへ行こうか?なんの予約も要らない。



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