感情を表現する手段を選び、術を磨く。

生きていると、日々いろんな感情がうごめく。
喜怒哀楽。この感情が豊かなであればあるほど、人生は豊かであるとも
いえるが、できれば喜楽が多い方がいい。
でも、怒りや悲しみがあるからこそ、人は、喜楽を求めて生きられるのかもしれない。

最近、怒りを暴力でぶつける人が増えている。
これはモノを壊したり、人を傷つけたり・・・・。言葉の暴力もある。ネット社会は、無責任にそれを増長させているともいえる。
怒りが湧くことは、ときとして悪いことではなく、人間らしくもあるし、怒りが正しい道に向かわせることもある。
人類の歴史において、「革命」などは人民の怒りから生まれた行動だ。

日本で生きていても、怒りがわいてくることがある。
でも、日本人は、それをあまりオープンに表現しない傾向にあるように思う。
感情を表に出さない。と感じる。何も感じないのか?あるいはどこかにしまってあるのかと思うことも・・・。

人として生きるには、怒りも含め、いろんな感情を抱くことは人間らしい。
では、これをどう表現すればよいのだろう。デモ行進もそのひとつかもしれない。でも先人たちが大切に遺したモノの破壊など、誰かに迷惑をかけることは避けたい。
ではどうすれば?最近はSNSを使った発信も可能であるが、自分の場合は・・やはり、人の心に直接訴える、響く何かを伝えたい。
怒りの気持ちを何で表現するのか。
ペンで、映像で・・文学や芸術では怒りを含めた感情を表現することができる。
映画では文字ではそれを直接的に伝えることができる。
音楽は・・・。音楽で怒りの感情をそのまま表すのはなかなかむつかしい。打楽器などで瞬間的に表現したり、ハードロックやパンクなどの現代音楽の一部では怒りも表現できるかもしれないが、音楽はやはりその文字のごとく、怒りの表現には向いておらず、喜哀楽の表現に向いているのではと思う。


いろんな感情を美しく楽しく表現することで、音楽のチカラで人と人が笑顔でつながり、平和な世の中になる・・・それが一番だ。
音楽は言葉を越える。だから、どんな伝達手段よりも伝える力をもっている。
人間が感情豊かに、人間らしく生きるために。音楽を含めたコミュニケ―ションのチカラでできることを、もっともっと模索したい。
怒り続けることにエネルギーを注ぐより、怒りを幸せの感情に転換した方が人生幸せになる。
そう信じて、表現する力をもっと高めていきたい。


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