五感に訴えるご挨拶・・

あっという間に年末年始の準備モードになっている。
仕出し屋さんも、ケーキやさんも、印刷屋さんも、お米屋さんも、それぞれ年末年始の恒例行事のために今年も忙しくされている。
印刷会社は、企業の商業印刷を扱うところももちろん年末年始や年度末に向けての準備で忙しくなるが、年賀状を扱うお店も忙しい。
昔ほど、年賀状は出されなくなったというが、それでも毎年はじめのご挨拶メッセージツールとして、日本のお正月を盛り上げる最強アイテムだと思う。
お正月は年賀状を見て、懐かしい人を思い出す・・そんなひとときもいいものだ。

かくいう私。ことしはちょっと進化して五感に訴える年賀状を・・・と検討中だ。

デジタルの世のなかになってきたからこそ、アナログの、五感を生かした
コミュニケーションが貴重になる。

どんなおめでとうをお届けするか・・・。受け取る人の顔を浮かべながら考える
瞬間が、こちらもわくわくする。

カテゴリー: Essay (Word) | 五感に訴えるご挨拶・・ はコメントを受け付けていません。

父と話す、宝の時間。

出張もなく、2~3時間ゆとりが持てそうな日は、1時間かけて父の病院に行く。
気になって行かないより、ちょっと無理しても行った方がいい。
リハビリでお世話になり、1か月半。入院してからは2か月半。
入院生活に慣れることは決してよくないが、穏やかな日が過ぎているような感じがする。
病院の窓からは、木曽川が見え、空も広く見え、日差しも入る。
この風景が、父を毎日癒してくれているのだろうと思いながら、眺める。

元気だったころは、そんなにいつも話さなかった。
すぐ喧嘩になった。
しかし、今、少し弱った父は、とても素直で、会話をしていてもちゃんと通じる。
気が付けば、いつも父を励ましている。
「歩けるようになったら、家に帰れる。だからがんばって。」
今、父にはそれを言うことが薬となる。なってほしい。

83歳の老人に無茶を強いる気はない。でも、奇跡は起こるかもしれないし、努力していれば、絶対に道は開ける。と信じていたい。
これまで、こんな時間はなかったかも・・・と思うと、この時間はお宝だ。
いつか、こんなひとときも思い出になっていくのかもしれないが、
今は、こうすることが、私にとってもいい時間だ。


カテゴリー: Essay (Word) | 父と話す、宝の時間。 はコメントを受け付けていません。

病院ピアノに出会う。

先に駅(空港)ピアノのことを書いた。
あればいいというもの・・ということでもない、ということもわかった。

どうせなら、聴く人の心に響く、沁みるそんな空間での演奏が良い。

そんなこんなで、最近気になっているのは、父の入院先の玄関にある
立派なグランドピアノ。

前を通るたび、毎回気になっていた。

また10年ほど前だったか都内の病院へ毎月ボランティアで演奏に行って
いた頃のことも思い出した。

今、父は同じ建物の上でお世話になっている。
外出ができない。
であれば・・・。

病院に連絡して、このピアノで演奏会ができないかと問い合わせしてみる。

歓迎され、開催することに即決した。行うべき、ボランティア活動。
入院、通院される方、ご家族たち、そして父にも聴いてもらえたら・・。

実際行うには、来年の3月。それまで入院しているとは考えづらいが、それはそれ。退院していればそれはそれで、感謝を込めてやればいい。

いろんな病で入院し、お見舞いに来られる方たちに少しでも元気になって
いただけるならば・・・。

ピアノに似合う空間。病院には似合う。

カテゴリー: Essay (Word) | 病院ピアノに出会う。 はコメントを受け付けていません。

どこでも駅ピアノ?

何年前からだろうか、世界の空港やターミナル駅にピアノがあって、それを空港や駅の利用者、通行客が自由に演奏している・・その様子を流す番組が人気のようで、何度も再放送をくりかえしていて、時々ながら見をしている。

世界にはいろんなピアノストがいるもんだ、と感心したり、共感して見たり聞いたり、時には、ここでじっとしている自分が嫌で悔しくなったり・・・。

ある人からすれば、そこにピアノがあったら、あなたは絶対弾いているでしょうと言われ、確かにそうするかも・・と思っていたのは、外国の駅での話。
そして駅ピアノがない時代、ナポリのホテルのピアノを朝よく弾かせてもらったと懐かしく思い出す、旅とピアノの思い出・・・。

そして、最近小さな夢が浮かんだ。

もし機会があれば、自分が少女時代に使ったピアノをお世話になった地元の駅に寄贈して、そこで皆さんが弾けるようにするのはどうか?と・・・。
小学生の頃から毎日のように、レッスンに向かうのにお世話になったあの駅に・・・と思っていたら、つい最近、地元のもうひとつのJR駅ビルに、また京都駅にもピアノが設置されたことを知る。

まず、驚いたのは京都。黒いグランドピアノが中央改札の前の広場に置かれている。そして、わざわざピアノの横に「駅ピアノ」と看板があり、これには正直、興ざめした。京都はなんでもアピールする、なんでも発信するが、これはピアノがあり、誰かがそっと弾き始めたりするのが良いのに・・・。いかにもコマーシャル的な感じ。そのうちカメラを設置して、そのうちNHKで流す予定なのかも・・とすると、なんだか萎える感じ。もちろん弾いている人はいる。喧騒のなか、がんがんピアノの音もそれに負けじと鳴り響く。テレビで見た駅ピアノとは違う世界だ。もっと静かな場所においてくれたら・・・と勝手に思いながら、近寄らず、改札前を通行する。
そして、地元のJR駅ビルにおかれたピアノ。アップライトのピアノ全体が現代アート風にペイントされて、迷彩服のような色彩のピアノになってしまっており、これにも触りたいという気持ちは起きない。ピアノはシンプルであり、そこから出す音色が多様であるべきで、ピアノ自体の色やデザインが派手すぎるのは、こちらも気持ちが萎える。

ピアノはシンプルで、そっと置いてあるところに存在感があるのが・・というわがどうでもいい持論が湧いてくる。
とにかく、間違いなくテレビの影響で、日本にも駅ピアノが増えつつある。
弾くなら、やっぱり海外でが良いかな。
次回は、ぜひパリの北駅でトライしたい。まだおいてあれば・・・。

表現の場が増えるのはとてもいいことと思いつつ、公共の場の在り方についても考えつつ・・・。
音楽は、つくるひと、奏でる人、聴く人の三者が一体になってこそ、良い音色になるが、一歩間違えると、騒音にもなる。そんなことも忘れず、快適な仕掛けを考えたい。


カテゴリー: Essay (Word) | どこでも駅ピアノ? はコメントを受け付けていません。

インバウンドも量より質がいい

インバウンドという言葉がオリンピック開催に向け、普及している。外国人観光客といえばいいのに、いかにも、目新しい表現が好きな日本人らしく、業界も一般にも・・・。

経済も成長率を重視するが、このインバウンドでも、日本に来た外国人の数と、消費した金額でその成果を図る傾向があるが、そのことについて、懐疑的に思うことが多い。
そんななか、先日、マカオを訪ねる機会があった。
中国の返還後、マカオは大陸のお客様に向け、カジノもホテルもショッピング機能も充実させ、お隣町からの観光客を日々迎え入れている。
特別区になっているから、同じ中国といっても、まだ外国人観光客のような扱いの中国人が、わんさと押し寄せている。
ひところ銀座で爆買いしていた中国人を思い出す、量である。

一方、仕事で京都に出向くことも増えているが、京都駅から観光地に向かう路線、そして観光寺院、町なかは、外国人であふれかえっており、京都の風情は損なわれつつある。

この大勢の観光客は、本当に歓迎されているのだろうか?
マナーも守れず、大きな声で騒ぎ、道やバス内を占拠し、大きなスーツケースで町を闊歩する観光客の群れに、不快感を覚える人は少なくない。

インバウンドが町を汚し、マナーを破り、街の魅力を損ねさせる・・という現実が間の前にある。

日本がマカオが京都が、本当に好きで、興味があって、その土地でなければならないことをしっかり体験し、吸収し、国に帰ってからその良さを周囲に伝えつつ、また足を運び、その土地を理解する。気が付けばその町の応援団になっている・・。地域との交流は終わることなく、友情に変わり、いずれ町と町の関係にもいい影響をもたらす。

と、関係づくりのきっかけとなり、来る人、迎え入れる人両者の人間性や教養を高めてくれるような、そんなインバウンドなら、歓迎だ。

でも、質よりも、量を追いかけている・・・。
数字では見えないことがあるのだけれど、数字が伸びれば成功だと思っている
経済オリエントの人たち。

日本がこんなに荒らされて、もとに戻ることはできるのだろうか?

いやはや、2020はもっと心配である。

カテゴリー: Essay (Word) | インバウンドも量より質がいい はコメントを受け付けていません。

カゴの大きさと生きる道。

ある上場企業の女性の取締役の方とお会いしてお話しする機会を得た。

50代後半ということで同じ世代。
就職への向かい方、仕事への姿勢、女性としての生き方・・・
おそらくこれは、現在の20代の人たちとは違う、30年以上
男社会で生きてきた、表現しづらいが骨太の信念のようなものがあるという点では共通している。

そうでなければ、今日まで仕事を続けてくることは難しかったはず。

会話のなかで、

「私は自分がいるカゴが小さく感じられてきて、脱サラしました」というと、
その方は
「私の方は会社が創業間もない頃に入社して、その後どんどん忙しくなり、会社も大きくなって、カゴが大きくなって、どうしよう~という感じで、走ってきたんです」

なるほど、企業戦士として働く自分が入っているカゴが、どんなサイズかによってやりがいや、価値観も変わってくるのだと思った。

カゴが大きくて・・・と思ったことがない私には、とても新鮮な気がした。

企業戦士として働き続けてきたその人は、ゴッドねえちゃんのようで、たくましい。男のなかで踏ん張ってこられたその強さ。

歩く道は違えど、何か共感するところが多々あった。

50代の女性。がんばっている人たちは、とてもすがすがしく、そしてキャリアがあるのに、偉そうでない。その自信がまた小気味よい。

カゴのなかで生きるか、飛び出て、身の危険を感じながらも自由に飛び続けるのか。

どっちもあり。

みんな違って、みんないい。かごもいろいろ、それぞれの役割を全うすればいい。

カテゴリー: Essay (Word) | カゴの大きさと生きる道。 はコメントを受け付けていません。

日々、ケアを怠ることなかれ。

手書きの手帳を使っていたのに、いつのまにかスマホ上で共有できるカレンダを使うようになり、たまに手書きで書いていたメモをこちらに反映させることを忘れ、気が付けばダブルブッキングしていたり、まだまだ予約するのに時間があると思っていたイベント会場のアポも、日々追われている間に、他で予約がいっぱいになってしまい自分の思う計画が難しくなる・・。

などなど、本当に細かなことではあるが、自分の「ケアレス」でおや?と思うこと、こんなはずじゃなかったと反省することがある。
まず、自己管理の情報の一元化は言うまでもない。
手書きの手帳も捨てがたいが、新しい手帳が始まる年明けまでに、スマホとの使い分けをきちんとしておく必要がある。
そして、きちんと日々自分の行動と予定をきちんと確認すること、常に漏れはないかを今一度確認することが必要だ。

21年間、セルフマネージメントをしてきた。だからこそ、慣れほど怖いものはない。つねに確認を怠らず、注意点検。

大事故は、小さなケアレスミスから生まれることもあるのだから。
緊張と冷静。
やっているつもりでも、まだまだ・・である。
そして、カラダのケアも大切だ。

カテゴリー: Essay (Word) | 日々、ケアを怠ることなかれ。 はコメントを受け付けていません。

ザビエルとマカオと・・

マカオには、フランシスコザビエル教会なる教会がある。
ポルトガル時代のカラーリングを受け継いだ、美しい教会。マカオにはこのクリーム色の壁の教会が多い。
マカオを好きになったきっかけのひとつは、このザビエル教会の存在。なぜ、ここにザビエル教会?ザビエルはマカオも訪ねたのだ…と思いこんでいたら、実はそうではなく、ザビエル自身はここに来た記録はない。

ザビエルによってもたらされたキリスト教が日本では弾圧の時代になり、マカオに逃げてきた、あるいは流された日本の信者への祈りを込め、またこのマカオの近くの島で12月3日に昇天されたザビエルへの祈りを込め、このマカオの未だ静かな島にこの教会が生まれた。そしてザビエルの遺骨の一部も、マカオ市内の教会に安置されている。
本当は、この遺骨も、ザビエルにゆかりの深い日本で安置されるべきであったが、禁教時にそれもかなわず、ポルトガル領土で、キリスト教への深い理解があるマカオで、それを引き受けることになったそうだ。

だから、日本のキリスト教とマカオとの関係は深く、ザビエルとマカオの関係も日本の関係あって深くなっている。
実際に本人が訪れたことがなくても、その名の教会ができてしまうということ自体がすごい。


また今年も12月3日が近づいてきた。マカオの海を眺め、西洋から東洋へ命を懸けた不屈の旅人であり、勇気ある聖人に思いを馳せ、自分の人生の旅を見直してみる。
マカオとは、時代を越え、熱い想いを抱き生きる人にとって、永遠の心の経由地かもしれない。


カテゴリー: Essay (Word) | ザビエルとマカオと・・ はコメントを受け付けていません。

カジノとともに?マカオの青年

中学校の前に、巨大なカジノのビル。
もちろん、中学校が先にできた。歴史ある学校に見える。
このカジノのビルは私がマカオに初めて訪れた20年前はなかった。
こんなビルたちがどんどん建設されるようになって、しばらくマカオから離れた。そして離れている間にさらに新たで巨大なカジノのビルが建設され、この10年でマカオは、アジアのラスベガスになった。
子どもたちが学ぶ校舎・校庭から、巨大なギャンブルの拠点が毎日見える。
カジノが日常の風景。これは日本人である私には想像できないことだ。
日本も今、IRを推進するとか言っているが、まさかこんなことにはならないでと思う、お手本である。

今回、ある青年に出会った。かれはタクシードライバー。偶然、私がお客としてたまたま乗ったところ、英語が通じるので、コミュニケーションが進んだ。
彼の話をきいていると、なんと半年前に、タクシー業界に転職してきた。年齢は31歳。その前の勤務先はカジノ。マカオにある巨大カジノ会社のひとつで数年働いた。しかし、深夜・早朝の勤務シフトのハードさや、マネー目当ての人たちを毎日見ていることも嫌になり、転職したという。
カジノで働いている若者と接したのは初めてであるが、マカオの若者のなんと7割がまずはカジノの会社に就職するのだそう。カジノで働くのが一番安定収入だそう。そのまま定年まで勤める人も多いが、最近、そういえば若いドライバーにも出会うがもしかしたら彼らも脱カジノ組かもしれない。

子どもの頃から、カジノとともに育ち、カジノで働き、人生を過ごす、でも、カジノはしない。生活の糧である。
そして、ポルトガルから返還後、中国の統治下においてカジノ建設は加速、大陸からの観光客が多数訪れ、カジノで、ショッピングでお金をおとしている。それによりマカオは成り立っている。だから、彼らは「マカオは中国の一部」という。香港とは背景・環境が異なるのだ。

私はこの若きドライバーに、「今のうちに、外に出て、いろんな世界を見た方がいい。カジノのあるマカオだけが世界ではないから。もっともっと外に出ようね」タクシーを降りる頃には、すっかりマカオの青年にもおせっかいおばちゃんになっていたかもしれないが、彼には理解できたようで、大きく頷いていた。

カジノとともに育つ、カジノとともに生きる。
そんな歴史の中にいるマカオの人達は、カジノでにぎわうマカオではなく、
ポルトガル時代のまさにノスタルジックな世界が好きだ。私も同じ。

「日本にもカジノ?そんなのができたら、マカオに人が来なくなってしまう」この青年の言葉も印象に残る。
日本の浅はかな計画が、マカオの人たちの生活を脅かすことにもなるかもしれない・・・。ここには、昔からそれで生きている人がいるのだ。
どんどん世界が金欲と権利欲で変貌しているのを、こんなところでも感じつつ、未来がやっぱり心配になる・・・。

カテゴリー: Essay (Word) | カジノとともに?マカオの青年 はコメントを受け付けていません。

マカオより、香港加油!

マカオの人気スポット タイパビレッジの中にあるポルトガル統治時代からある教会。その玄関前に、石の大きな十字架が立っており、その後ろにある木々の隙間からは、カジノの巨大ビル。なんとまあ、聖と俗が融合した町かと、驚く。
そして、教会内に、木製のブロックをはめ込んだ十字架をみつけた。
このブロックには、信者かビジターかわからないが、それぞれに願いの言葉が書かれている。そこにかかれた文字をみつけた瞬間、目が止まった。
SAVE HONGKONG とか、HONGKONG PEASE とか、HONGKONG 加油(がんばれ)とか書いてある。このピースのほとんどが、香港への願いがかかれたものだった。この十字架にはめ込まれたブロックは最近書かれたものだとう。
香港のシビアな状況と対局にある平和なマカオ・・。ここに住む、来る人々が香港のことを祈っている。マカオにとってみれば、香港はご近所さん、そして一対の存在だ。みんな香港のことを祈っている。私も同じだ。この十字架を見て、思わず手を合わせた。
早く香港に平和な日常が戻るように。マカオから、日本から友情を込めて・・・。香港、加油。決して、争いごとに油を注ぐという意味ではない、がんばれ香港!である。

カテゴリー: Essay (Word) | マカオより、香港加油! はコメントを受け付けていません。