災害対策より優先事項?

先週連休中のこと。
この大型台風はどうなるのか?夜も眠れず、夜を過ごしていた。
テレビの速報を気にかけながら不安な気持ちで過ごしていた。
そして気になる夜中のニュースに、台風情報より選挙のことがトップに取り上げられ
た・・・。
私は瞬時に怒りがこみ上げた。
このタイミングに何で?
まずは台風でしょう。まずはその対策でしょう。
それと別世界のことのように、選挙の話題。

やっぱりこの世界の人たちは、自分たちのことしか考えていない
ということを改めて思った。
どこかしら、正々堂々としていない、卑怯なタイミングであり、
なぜそれをしなければならないか・・。
安定って何か?
勝つって何か?
そんなことに議論を尽くしている人たちよりも、
台風のなか、24時間体制で交通機関を動かしたり、復旧活動に
全力を注いでいる方のことを思う。
大混雑の改札でお客に詰め寄られ、丁寧に対応する鉄道職員、
車内で意味不明な言いがかりをされながらも、親切に対応する
車掌さん・・・被災現場で必死に住民を救い出すために汗を流して
いる人たち・・・。こんな状況で、正直、選挙なんかどうでもいいのでは?

求めているのは、政治家たちであり、国民にとっての優先事項ではない
はずだ。
いつも、自分たちの名誉、居場所、就活に夢中。と見えてしまう。
なぜこの時期、このタイミング、なぜ?
なんでも現時点で、一番大切なことについて、よく考えて行動
しなければ・・。
いろんなことに流されないようにしなければ。
どさくさ紛れに、何かをしようとする人にはならないように。

何が優先?
そこを見失わないように、日々生きていきたい。

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心美しき人と語りたい。


9月17日の長崎そとめコンサートの前日、会場に下見と打ち合わせを兼ねて、現地に向かった。
ここにある写真は、
コンサート当日のお客様の食事風景と、今回お世話になったシスターのお話しの様子のものであるが、
このシスターとの出会いが、今回のコンサートへの決断になった。
俗世間で迷いながら生きている私のような人間には、まっすぐに清らかに生きておられる方の生きざまが一番の
教材だ。
前日、コンサートの打ち合わせをしながら、シスターがご自身で作ったジャムや紅茶を「ド・ロさまのお恵みです。私が
つくったものですが・・」と言いながら、素朴なパンと一緒におもてなしてくださる。パンもこちらのお仲間の手作り
のものだ。
シスターは五島の出身だそうだ。中学を出られ、すぐその道に入られたという。
五島と、この外海は、隠れキリシタンの行き来ということで、大変関係が深い。
「シスターはえらいですよね。人生をこの道に託されて・・私なんか、足元にも及ばない生き方です」
と言うと
「そんなことはないですよ。最初にこの道を選んだのは確かに自分ですが、そのあとはすべて神様が仕事を
与えてくださるのです。もちろん迷いや悩むことがあっても、神さまが見ていてくださる、一生懸命やれば
喜んでくださると思ってやるだけですよ、仕事は与えられるものですから」
と笑顔でおっしゃる。
いろんな修行をされ、勉強され、信仰の道を歩んでこられたのだ。
仕事は与えられる。そうか。一見、自分が選んでいるけれど、実はもっと広い視野で、俯瞰して
自らの存在を問うてみれば、決められている、授けられていることを自分が選んだと
思っているだけなのかもしれない。

信仰あり、なしを別として、
一生懸命、純粋に生きている人は美しいと思う。
時々、違う世界で生きる人と会い、話すのが好きだ。

素朴に元気にまっすぐに・・。今回もおだやかでありながら、背筋が伸びる至福のときを
いただいた。

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タイフーン コンサートの余韻。

新潟から、ご夫婦で雪の長崎へ、岐阜へ、そして東京は下北沢へ・・・。
私のライブにどこまでも追いかけてくださる、ありがたすぎるお客様。
この奥様、いや女主人は、本当に気風が良い。いつも前向きだ。

そして、今回は運営する福祉施設のみなさんを連れて、長崎旅行を
企画、バス一台で長崎の辺境の地のコンサートにも来てくださった。
しかも、大雪という珍しい経験に次ぐ、台風のなかの長崎コンサート。

運営する施設のみなさんがバスに乗って、風雨にさらされながら、
会場まで濡れながら、元気にやってきてくださった。
晴天の美しいサンセットロードを見てほしかったが、予期せぬ
台風は想像以上の感動を与えてくれた。
ド・ロ神父がもたらしてくださった由緒あるオルガンの音色や
お客様と一緒に歌った歌の数々・・。
会場である、旧出津救助院を運営されるシスターたちのあたたかい
おもてなし・・。どれもこれも、心に残る人生の一コマになり、
またグラン・ルーの新たな節目にふさわしい時間となった。
台風のなか、移動は本当に大変であったが、その分、思い出は
強く心に残るだろう。
ご一行様が、無事帰宅されたとの報を知り、無事コンサートが
終わったと安堵する。
オルガンの優しい音色が、今も心に残る。
いい時間を紡ぎだせたこと、本当に幸せだ。
本コンサートは「長崎タイフーン・コンサート」として
一生の思い出、わが宝物となった。
明治時代の女性の育成教育施設であった旧救助院という
貴重な場所で、皆様のあたたかい協力により、無事開催できた
ことを、改めて感謝したい。
ド・ロさま 皆さま 本当にありがとうございました。

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台風アニバーサリー

台風に追いかけられているのか、たまたま行くところで遭遇するのか。
長崎外海でのドロさまオルガンコンサートはお客様に強風の中おいでいただき、無事終わった。
ああこれで、台風も収まってくれるかと思ったら、飛行機欠航、JR九州も運転見合せ。
迷ったが泊まらず帰ろう!と勇み、高速バスで長崎から博多へ、そして期待の新幹線。
こちらも台風の影響で運転見合せから、運転再開、でもまた見合せ、、、。と実は
本ブログも車内で書くことに、、。
コンサートだけでも十分有意義な記念日だったのに台風で新幹線泊になるとは・・。
台風などで新幹線がひとたび運転見合わせになると、電車が数珠つなぎ、各駅ごとに
到発着する電車がいるだけでなく、その間にいくつも、いくつも連なっているのだ。
この光景を上から見たら、新幹線がたくさん止まっているという状況は壮観かもしれない。
が、こういうときこそ、日本の定時運行の技術のすばらしさを痛感するのだ。
世界中探しても、こんな数分感覚で事故もなくスムーズにあの高速の電車が運行されている
国はない。でも、台風には勝てないのだ。安全に運行するためには必要なこと。

自然の脅威を知り、なんでも予定どおりにはいかないということを学ぶ1日。
改めてJRやバス会社の対応、運転士さんや車掌さんの働きぶりに関心する。
電車が動かないのは、働いている人たちのせいではないのに、いちゃもんを
つける人、無茶を言う人を実際に見ながら、車掌さんの仕事も大変だと改めて思った。

貴重な経験ができたタイフーンアニバーサリー。
無事なら生きていればいい。
駅に新幹線が着いたのは深夜の1時半。すでにホームには仮眠用の
列車も用意されており、夜中なのに売店も空いており、ここもびっくり。

台風のおかげで、濃厚なアニバーサリーを過ごすことができた。
自然には叶わない。その中で人は一生懸命生きる。

無事に帰宅でき、安堵する。さあ、20周年に向かってまた前に進もう。

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おかげさまで19周年!次の節目に向かって。

1998年9月17日のグラン・ルー開設から、はや19年目という朝を迎えることができました。
一度切りの人生、悔いをしないための選択は、そのふりかえりを必要としないぐらい、
迷いがない19年であったと思います。
ただ、謙虚に感謝に満ちた日々であれば、それだけでよい。
そして今日が最後の日、であってもよし、と思えるように、今すべきことする。
今、思えばこのことが自分の行動の源にいつもあるのかもしれません。
そして、だれかが毎日「ありがとう」と、思ってくれたら、それだけで十分
であることも、この歳月のなかで学ばせていただきました。
きたる20年に向け、次なるステージを模索しながら、自己研鑽を続けていきたい
と考えます。
これまで支え、応援してくださった皆様に、心より深く感謝申し上げます。
ありがとうございます。
そして、これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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台風直前の静けさと海の美しさと・・。


この三連休は、日本列島が大型台風に振り回されている。
私自身もそうだ。グラン・ルー19周年を飾るはずの、長崎そとめでの、オルガンコンサートは、
まさに台風接近と同時刻・・。
その予報が心配で、前日に会場の念のための下見と、打ち合わせに現地に出向く。
長崎駅からバスで1時間以上かかるこのさいはての地。江戸時代は、潜伏キリシタンが多く移り住み、
さらにここから五島へ流れた人も
いた・・・という村であり、遠藤周作もこの地が大好きだった。
この地のことを詠んだ、「沈黙」の冒頭に出てくる言葉が記念碑にもなっている。
台風を待つこの週末。外海は見た目には優しく、静かでいつもどおりの私の好きな「そとめ」であった。が、強風で実は飛ばされそうに
なった。強風は障害物がないと、見えないから、余計に怖い。
さてさて、本日17日は本番だ。台風がそれてくれるように、予定どおりおいでいただけるお客様に感謝の歌を、オルガンの音色をお届けできるように・・。
飛ばされそうにしながら、なぜ、自分はここでコンサートをするのかを自問・・。
いい記念日にしよう。おかげさまで、19周年。心の観覧車はどんな天候でも回り続けます。

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まさに、神頼み。

ああ、なんということだ。
もう、雪はまさか降るまい。
前回の長崎でのコンサートは、まさかの大雪での実施となった。
一生忘れられない、ホワイト・ナガサキ。

そして、今回は、グラン・ルー19周年の記念日に、
遠藤周作の「沈黙」の舞台、潜伏キリシタンの里、長崎のそとめ(外海)にて
ド・ロ神父寄贈のオルガンにて、コンサートを企画。

さあ、新潟の仕事を終えて、いざ九州へ・・・。
と気持ちを切り替え、出発だと思ったら、なんと台風情報。
まさに、本番当日、コンサートの時間がまさに
台風到来・・・上陸・・・との予報。
「また・・・」。今回はこれか・・。

お客様からは
「飛行機が飛びますかね」との問い合わせも・・・確かに心配になる。
このお客様は雪のコンサートにもおいでいただいた方だ・・。

「神頼みですね」
とメール。
私もそう思っていた。
沈黙の土地に向かい、神様~お願いします~。と
手を合わせたくなる。

いろんな思いを抱きながら、それでもぎりぎりまで開催を信じ
予定どおり、西方へ向かう。
ミサイルに、台風に・・。
本当に、いろんなことがおきまくる世の中だ・・。

まあ、なるようになる。
とにかく、開催したい、とにかく 予定どおり、
あのオルガンの音色をお客様にお届けしたい。

ああ、神様、たすけて・・と、思い浮かぶのはなぜか
こんなときに、左卜全の歌・・。悲壮感を吹き飛ばし
なんとか、なんとか笑って乗り越えたい長崎クライシス。

台風がそれることを、予報がはずれることを
祈る朝だ。

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本当に不思議な本番パワー

文字がうまく書けず、また本来得意?な長文も書けず、鍋やカップを持てず・・
・人前ではそんな動作に関わるときに
「腱鞘炎になってしまったので、すみません」というと、
「いやー、ピアノの練習のしすぎですか」
と、同情していただくがそうではない。
パソコン、さらに長年の荷物運び・・。こっちの方の職業病だ。
そして、その影響は、肝心なピアノにも大きく左右する。
オクターブが開きづらい、指をくぐらせる奏法がしづらい、
思い切って指を開くと激痛が走る・・。ということで、
練習をするのも怖い感じ・・・。
そうはいってられない本番。
練習していると、指が慣れてきて、どうすればどうなるかわかってくる。
そして、どんどん調子が戻ってきて、本番には、まるで何事もなかったように
演奏できるのだ。
とはいえ、今回はベートーベンのテンペストを弾くときは、力が入らず指が
泳いだ。が、これも嵐や津波や、人間の苦痛を表現したかったので、
指が連れて、演奏が多少荒れても、よりその効果が出るという皮肉な状況。
とにかく、一心不乱に鍵盤に向かった。
本番終わるとき、何もいたくない。無事終わったという達成感と安堵に包まれる。
・・・・・・・・
でも、ここで終わらない。
しばらくしてから、うずき始める。そして翌日、翌々日・・とだんだん
痛みが激しくなる。

アスリートたちもきっとそうだろう。
痛いな~。
でも、なんとかカバーして、次の本番に向かう。

パソコンのキーボードを叩く指はなんでもいい。打てればいいのだ。
ピアノを弾くのはそうはいかない。

「手の使い過ぎですよ。安静にしてくださいね。」

ドクターの優しい声が、身に染みる。

長崎のコンサートはピアノではなく、オルガンだ。
だから、やさしくやさしく、触れることにしよう。

毎日が本番。加減しながらパワーを出せるように。
それがプロなのだから。

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犬山でも、ザビエルに再会!?

何十年ぶりかに、犬山市にある明治村をたずねた。小学生のときに開館した、当時画期的と言われた博物館。
文明開化後の、近代日本を代表する明治時代の建築物の数々が広大な敷地に移築されている。
開館後に、そして岐阜を離れる前に来て以来、ずっと無沙汰していたこの博物館。
正直、その間関心をもつ機会すらなかった。

今回、あるきっかけで平日に久しぶりに訪ねてみる。人もまばらで、ゆったりしている。
へえ。こんなところだった。なんだかすごいな~。
北門から入ってすぐにSLの乗り場・・。へえ。村内をSLが走っている?
驚きはここから始まり、一歩村内に入って、びっくり。素晴らしい近代建築たちが、確かにひとつの村の中に
うまく、ほどよく自然に建っている。庭園もきれいに手入れされている。
こんな本物感のある、スケールの大きい博物館は類を見ないのでは・・。
これを発案、具現化した会社(名鉄)ってすごいな~。
当時、日本は高度経済成長時だったから可能だったのか、はたまた、名鉄の経営者に深い哲学があったのか
明治へのあこがれがあったのか・・と勝手な想像であるが、どちらもあったから実現できたのだろう。

帝国ホテルの玄関にまず度肝を抜かれる。前来たときは、御用列車と監獄しか正直記憶になかったのに、今回は
まったく違う感動を受ける。
ディズニーランドなど巷で人気の、想像世界のテーマパークよりも、歴史に根づくリアルな体験ができる、
生きた歴史を五感で感じることができ、しかも村内はSLや市電が走っていて。・・。

感動につぐ感動・・。ふるさと界隈にこんな名所があったとは~。

そして、感動の頂点は、聖ザビエル教会だ。明治時代、京都に建築された大聖堂がここに移築されている。
「京都に、こんな立派な教会があったんだ~。しかもザビエル教会・・・」。
私にとってはとても不思議なことであるが、信長が亡くなった本能寺にほど近い場所にこの教会があったという。
ステンドグラスも美しいこの聖堂を見学しながら、犬山でもザビエルに会えたことに深い感動を覚えた。
次なる目標が沸いてくる、犬山でのザビエル教会!

明治村。素晴らしい博物館。きっと大人になったから、良さがわかるようになったのかもしれないが。
また来たいと、全部回らず、半分残して、今回は帰ることにする。
そうそう、宇治山田郵便局では10年後の自分に手紙を送るという面白いサービスもやっていた。
明治時代って、そんな風に未来を描ける時代だったのかもしれない。

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ふるさとで小さな活動をこつこつと。


岐阜市今小町という住所は、実は私の小学・中学生時代にとって、忘れらない住所であった。
岐阜ラジオのスタジオの住所であったはず。今から思い出すと赤面しそうな、面白いラジオ
番組もあり、そう、時代は深夜番組の黄金時代。
毎日聴いていて、投稿のハガキも出していたような・・。だから、その住所は今も懐かしい。

その住所は、現在、岐阜新聞社の本社がある場所でもある。
すっかり立派な建物に変わったこの本社。最近、時々足を運ばせていただいている。
それは、ここのロビーでコンサートを行うためだ。
岐阜新聞では地域貢献活動の一つとして、地元の音楽家たちに、毎週月曜のお昼、ここを
解放し、演奏の機会を与え、読者(地域住民)に無料で聴いてもらえる、マンデーコンサート
を行っている。
岐阜新聞 マンデーコンサート

昨年からNOBUNAGAの曲をふるさとで演奏したいと思い、いろいろ考え歩いていたとき
たまたまここの存在を知り、すぐエントリーをした。
担当者の方に了解いただき、ご協力を得て、地元での継続活動がまたひとつ始まった。

ということで、現在、隔月に1回、このラウンジでコンサートを行っている。
ご近所さんも、また日頃より応援してくださる方も・・・。
わざわざ駆けつけてくださる応援団の方も嬉しいし、新聞の告知記事を見ておいで
いただけるというのも嬉しいし・・。
今は地元でじわじわ、活動を広げたい、続けたいとの思いだ。
観客のみなさんから、そして主催者である新聞社のスタッフのみなさんから
「元気もらいましたわ~。」
と喜んでもらえるのがうれしい。
たった30分のコンサートでも、いろんなことが組み込める。
ふるさとのステージはこれから、ますます大切に。ずっと親にも演奏する姿をたくさん
見せてあげたい・・と思っている。
きっかけになったNOBUNAGAさんに感謝を込めて・・

写真は9月11日演奏分。今後の日程はこちら。
マーサコンサート案内

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