「どうせ仕事するなら!」

私の好きな会社の、尊敬する創業者のことばのひとつ。

「どうせ仕事をするなら、感謝される仕事をしよう。」

そんなに特別なことを言っていないと思うが、心からそのとおりと思う。

「ありがとう」と言ってもらえる仕事ほど、うれしいことはない。

そして。これは仕事だけではなく、私にとっては人生も同じこと。

「どうせ生きるなら、感謝される人生にしよう」

生きること自体が仕事と思っているから、同じことになるのかもしれないが、

とにかく毎日、毎日小さなありがとう を積み重ねたい。
そうしていくうちに、幸せで充実した人生が終わっていくことだろう。

どうせ生きるなら、どうせ働くなら、どうせ・・・。

さあ、本日は新潟でのディナーショー本番。
どうせやるなら、感謝されるショーにしよう。

「ありがとう」の声が会場に響き合うことを願って・・・。
心からの感謝を込めて・・。

どうせやるなら、ちゃんとやる!

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「仕事に勝ち・負けはないんだ!」

家人との会話ではっ!と気づかされた瞬間の話。
いわゆる数値目標を掲げまい進し、コンペ続きの戦に連戦、
時々、なんのために?と思いながら続けてきた営業職。

長年のその仕事から、1年半前に、加齢(!)なる転職!
いわゆる公共的な役割を担うサービス業に着任。
不規則な生活、睡眠不足とともに戦いながら、過ごしてきた。
ゆっくり話せた 久しぶりの会話で印象的な言葉。
「この仕事って、勝ち・負けがないんだよね。」
そのことが、気に入っているような感じでもあり、
これまで、仕事には勝ち負けがあると、苦しんでいたのかもと
思った。

そう、仕事は勝つとか負けるとかではなく、
社会の役に立って、またそのおかげで生活ができて・・
まさに、観覧車にように回っていけばいいんじゃない?
と、私自身はそんな風に思っているが、
都会で長年戦ってきた、ビジネスマンにとっては、勝ち負けのない
世界は新鮮なのかもしれない。

もっとも、自分との過酷な戦いが毎日あるのだけれど・・。
それも楽しんで、納得してできれば、言うことはない。

勝ちも負けもない。人に喜んでもらえるいい仕事をすれば
いい。

なんだか、東京を離れると職業意識や働く価値観変わってくる、
いい意味での成長ができているような、そんな気もしてきた・・。

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京都の魅せる力、限りなく。

京都はパリと並ぶ、もしかしたらそれ以上の、国際観光都市だ。
何度足を運んでも、人々を飽きさせることのない「見どころ」が無数にある。
もし、京都に行って、「もういいかな」と興味の糸が切れるとしたら、
観光客の多さでますます混みあう錦市場ぐらいか。
でも、この混雑ぶりに負けずに、面白い食材を探すのも、魅力のひとつだ。

秋となれば、有名寺院の夜のライトアップ。
本サービスは、清水寺から知恩院、永観堂などでただいま、開催中だ。
実は、ここに住んでいた若き時代は、このようなアトラクションはまだなく、
また離れてからは、タイミングが合わず、またわざわざ夜のお寺に行く興味も沸かず、
普段より高いお金を払うのもどうかと思いつつ、今じゃなくていいや
と思い、一度も体験したことがなかったが、今回、初めて青蓮院の
ライトアップに出かけてみる。

17時になると、日が落ちて、ライトアップに万全なステージが
出来上がる。
寺に向かう道もほど暗く、大晦日に歩く京都の道とは違う、静けさ。
ただ、門に近づくにつれ、外国語の話声が聞こえてくる。
そうだ、海外からの観光客にしてみれば、ライトアップのお寺は珍しい
観光地だから、皆さん、ここぞ!とばかりにおいでになる。
静かに見たいのにな~。とちょっと残念に思いながら、門に入る。

真っ暗な庭の中に
碧いライトが浮かび上がり、幽玄な世界が広がった。
そして、さきほどまで気になっていた人々の話声も暗闇に包まれ
次第に静かになった。

夜は、昼のコースと反対のコースを歩くようになっている。
まずは、お堂の中から、ライトアップされた庭を見る。
スポットライトが当たる石、池、木々。
時間差でその光の場所が変わるのが面白い。

暗闇とは、人の心を落ち着け、また想像に向く。
そんなことを想い乍ら、寺の縁側に座って
真っ暗な庭をみつめていた。

昼見る世界と、夜見る世界の違い。

昼は目で見る、夜は心で観る・・の違いか?

次は、靴を履いて、庭を歩く。
進む方向がわかるようにだけ光は指しているが、
暗闇を歩くというのも、なかなかの経験だ。
近所の道を夜遅く歩く・・というのとは違う。
寺の庭を夜、歩く。
暗闇の中にみつける光。
足元を見ながら、気を付けて歩く夜の道。

ところどころ、みつけるまさにライトスポット。
暗闇のなかにみつける光とは・・。
この対照性も趣き深い。

やっと写真が撮れたのは、この竹藪。
敷地内にある神社の鳥居とのマッチングが見事だ。
昼には気づかないこの竹林。
夜、このライティングで存在に気付いた。

昼見る世界とはまったく違う、夜の寺院。
ライトアップがなければ、見る機会はできなかった。

このおかげで、寺の昼と夜の二面性を見ることで
世界の二面性をも想像することができ、
人生の暗闇と光についても考えるひとときを
得ることができた。

このように、京都は自らの魅せ方をよく知っている。
そして、その探求と挑戦にも意欲的だ。

存在自体が魅力的であるからこその、見事な発信力。

やはり、KYOTOはパリに並ぶ、世界の魅力都市だ。

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二言目には「関西ですか~??」

新潟の人との会話で、よくある場面。
名刺交換をしてから、1分もしないうちに、無口に見える新潟の方が
私の顔を見て、
「関西の人、ですかあ~」
と言われる。顔を覗き込むように言われるのが、印象的だ。

関西出身ではないので、
「いえ、岐阜生まれですわ~。ま、そのあと京都で長く住んだのと
子どもの頃から、吉本新喜劇で育ったので、ま、関西人みたいなもんですわ」
と答えると、
「へえ、そうなんだ~」
という顔をされる。

新潟の人にとっては、佐渡が関西文化の影響を受けていることもあるかも
しれないが、関西は、東京とは違う、特別なところ?なのかもしれない。
東京はビジネスの憧れ、東京に出て成功する・・・。一方、関西は
異文化の町、ちょっと珍しい、でも実は好き・・という感覚なのかも
しれない。

ということで、関西人というイメージがあるようなので、
そのままでいくことにする。

人って、会話のなかで二言目に
「東京ですか~?」
とはなかなかならないし、大都会という別世界のイメージもあるかも
しれない。
一方、
「関西人ですか~?」
は、台湾人が
「日本人ですか~?」
と聞くのに、ちょっと似ている気がする。
いずれにせよ、聞かれるということは、
相手に興味をもっている
ということだと、この問いかけ、とてもありがたく思っている、

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「気楽」をもっと。

父が運転免許を返納してから、足が痛いと言い始めてから
「俺の人生は、もうおしまいや~」
というのを聞いてから、
返納をすすめた責任というか、悪いことをしたような気持ちが入り混じって
なんとか父が楽しむこと、父が行けるところをもっと増やせないかと
思ってきた。
職人であったため、人との交流がそんなに得意ではないため、
自分からは新しい世界に入っていかない。
いろんな人に教えていただき、先日知った包括支援センターに足を運び
今の父に合う支援内容を確認し、
認知症予防のために、デイサービスを利用できるようにした。

そして、まずはお試し。
その施設が気に入らなければ、どうしようか・・。
と思ったが、意外にも気に入ったようで、
「通わなしょうがないやないか~」
という父らしい、ネガティブ的な物言い、でも実は喜んでいる
という反応で、安堵。
なんとか、週に2回、これから通ってくれそうだ。

母は多く喜び、多く怒る。喜怒哀楽激しい人生。
父にも、もっと「喜楽」を体験してほしい。
83歳になれば、十分いっぱい喜怒哀楽を経験してきただろうが、
体力が落ち、自信がなくなってきている今、
小さなことでよいから、「喜楽」をもっと届けたい。

そんななか、父が通える場所が増えたことは
本当にありがたい。

改めて福祉関係のお仕事をされている方に感謝したい。

父の笑顔を増やす。私にできるささやかな親孝行・・・と
勝手に思っている。

そういえば、父が毎日通っている喫茶店は「きらく」。
・・・。無意識に選んでいるのだろうか?

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GOGO WEST!55歳に向けての最高のギフト

54歳の締めの仕事は、1週間後のディナーショーにつづき、山口での一大イベントへの出演。
そう、サビエル大聖堂での聖歌奉納としての演奏と、それに続く、クリスマス市キックオフイベント
祝賀祭への出演。
1年前、まさに53歳最後の日に、初めてたずねた山口市のフランシスコザビエル大聖堂。
「今尾さん、ここでコンサートできたらいいっすよね。」
と背中を押してくれた山口市出身の青年実業家。
その後、彼が私の背中を押す以上に、自らが、一生懸命動いてくださって・・・。

そして いよいよ12月1日は山口デビュー。そしてサビエルに歌を捧げることができる。
サビエルゆかりの街で、なんと教会で、サビエルのことを書いた曲を大勢の人の前で
歌えるなんて・・・。
こんな贈りものがあるだろうか。

55歳に向かって、GOGO WESTだ。

約450年前ザビエルが足を踏み入れたその地に、彼への思いを届けられるとは・・・・。
ギフトとは、生きる勇気をいただくことなのかもしれない。
チャンスというギフトは、最高だ。

山口市クリスマス市サイト

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起業する人を心から応援する!

毎月、何名かの起業された方にお会いする機会をいただく。
自分で、自分の使命、自分の夢に向かって
起業される人は、本当に素晴らしい。
自分は起業というほどでもない脱サラであったが、
お会いする企業さんはみんな素晴らしい。

どの人に会っても、その人がうまくいくようにと
心から声援を送りたくなる。

立派な組織に就職した人も、自分の夢を捨てきれずに
組織を離れ、自分の事業を興す。
なぜか、そういう人とは、心根の会話ができる。
もちろん、会社を守るために、挑戦をする人も同じだ、

志を持ってがんばる人を、一生応援し続ける。
社会を内側から動かすのは、権力をもっている人ではなく、
志をもって、しっかり地に根を張って生きていこうとしている人達だ。

一度しかない人生。
挑戦する人を、心から応援したい。
そして、自分自身も、挑戦を続けたい。

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毎日新たな出会いをひとつ以上。

毎日、外に出れば、新たな出会い。
これが最近、楽しくて仕方ない。
仕事での出会いが、生涯のおつきあいになることもあり・・。
東京で時間で追われて、目先の話で時間を過ごすだけでなく、
地方ではちょっとゆとりの会話や、その人の背景が見えるような会話にも
なることが多い。
へえ、こういうところにこういう人が、こういうわけでここで働いているんだ。
この仕事がこんな風に好きなんだ~。やりがいなんだ~。
と、新たな人に出会うと、いつしか、取材をしているような感じで、ついつい
聞きこんでしまう。
時にはどこにもぶつけることができない怒りをぶちまけてくる方も
おられるが、しっかり聞かせてもらい、共感を示すことで、やがて
がんばるしかないか~と前向きになられ、最後は握手で別れることになる。
ああ、来てよかった、出会ってよかったということが、外に出れば毎日ある。
なんだか、出会いが楽しくて仕方ない。
また、人生は観覧車という考えも、今だに目新しく受け止めてもらえる。
まだまだ世界は広い。

毎日外に出て、新たな出会いをもっと、もっと。
どんな人も、それぞれの人生を背負って生きている。
みんな頑張っている、自分ももっと・・・と
勇気や元気をもらえる毎日・・・。ほんとうに幸せだ。
待っていては何もない。自分から出かけていくことだ。
毎日、ひとつ新たな出会いがあれば、それだけで生きている価値がある。

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アメリカを見習いたい点

隣の大国の中間選挙。日本でも盛り上がった。
自分の国のことではないのに?経済への影響が気になるからだろう。
いいも悪いも、大統領のおかげ?で、高い関心が集まった選挙戦。
私自身も、どうなるか?と気になっていた。
結果は・・・。
民主党が健闘した。
今後のゆくえは、もちろん気になる。
とにかく世界があるべき方向へ、平和と自由に向かって進めばよいと
思う。自分(国)第一主義は、感心できない。

ここで、今回つくづく思ったことは、
アメリカには二大政党があって良いということ。
戦いになる。ちゃんと戦いになる。
日本ではこんな状況にはならない。

それから、女性が活躍できる社会だということ。
そして、若者も選挙に動いた。
ここも、見習うべき点だ。

対立軸がちゃんとあるということが、そのバランスが社会の発展には重要だ。
日本は、今は勝負にもならない・・・。
フェアに見えない、見えない力で、一党だけが権力をふるっている。

アメリカの今後に期待したい。
移民の人たちのゆくえも、気になる。

アメリカは、やっぱり民主主義の国であってほしい。
そして、日本も遅れを早く取り戻さねば・・。

アメリカを見ていて、久しぶりにほっとした。

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車社会で原始人!

京都から東京での都会暮らしでは、自分の足と公共交通機関で動くというのが基本であり
歩くのも全然苦にならず。東京駅から神楽坂までもよく歩いたし、一日一万歩はざらで、
二万歩歩くと良く歩いたな~という感覚。
20代・30代はNYやパリに行けば、歩かにゃそんそん!と朝暗いうりにホテルを出て
一日10時間以上歩き続け、貪欲に町をリサーチしていた・・というわが青春時代。
歩きすぎると、足の裏が熱って、靴の底がすり減っていくような感覚になったこともあった。
疲れ果てて、ホテルに戻って・・・というパターン。
あるとき、パリ郊外にあるナポレオンの夫人ジョセフィーヌの住まいであった宮殿まで
行ったこともないし、当時ナビもないのに、地図片手に地下鉄とバスを乗り継ぎ、歩き歩いてやっと到着。。。
パリ市内から、何時間もかかった・・。なんて大変非効率な
経験もあり、とにかく「足で稼ぐ」が自分のモットー。そのプロセスとドキドキ感が魅力である。
自分の足で到着ときの感激は、たまらない!

とはいえ、現実の世界に戻ると、とくに新潟や岐阜などでは、車社会である。
ちょっとどこかへ歩いていくと言うと、皆さんに「はー?」「車、のってきゃー」と、
憐れみをもって言われてしまう。
そしてよくお世話になる。とくに雪国の人には車に乗せてもらえたから、10何年も
仕事ができたようなものだ。なんせ、「足」がないと、確かに不便ではある。
本当に皆さんにお世話になってきた。

車は便利。でも、私は乗らないと決めてきた。18歳になったら免許!とみんなが自動車学校へ
行く習慣に逆らった。なんで?車なんかなくてもいいじゃん・・という感じで・・。
自分に合っていないのもある、どうせなら、運転手を雇えるぐらいまで頑張ればよい。
とも思った。そうはなっていないが・・。いずれにせよ、生涯 運転をする気がないと
決めている。
だから、このままでいい。足を鍛えて、いくつになってもどんどん歩きたい。
年老いて、免許返納して途方に暮れるより、今から車に頼らないで生きていく術を
持っている方が良い。
と思っているが、車社会では、私は使えないおばさんになる。
でも、その分、人より早く出発して、
車での移動ではないことが遅刻の原因にならないよう、時間通り到着できるようにと常に心掛ける。

原始人だ。亀かもしれない。もしくは東海道を歩いた旅人のようだ。それがいい。道中を楽しむのだ。
いい、この感覚で、町を見ながら世界を見ながら歌いながら歩くのが、自分にとっての効率が
良い。

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