小さなナポレオンになろう!

尊敬する人が何人かいる。といっても、会ったことがないいわゆる、歴史上の人物もいる。
手の届くところに存在する人の影響もありがたいが、何百年も前に存在したらしい、人物の方がより想像力が膨らみ、夢と希望が湧いてくることもある。

そのなかのひとりが、ナポレオンだ。

貴族社会を崩壊させた、フランスの英雄。
世界を征服しようとした18世紀のリーダー。
皇帝になり、頂点に上りつめたこの人物は、ベートーベンの交響曲を思い起こさせる勇ましさがある。
十代の頃から、多分世界史の授業と、ベートーベンがきっかけとなって、ナポレオンのいくつかの肖像画を見ながら、世界の激動を妄想するのが好きになり、いくつかのゆかりの場所にも出向いた。
そんなナポレオンも最後には、島流しの身となり、孤独な終わりを迎えたようであるが、今も私たちにいくつかの教訓を与えている。と私は思っている。

「わが辞書に、不可能という文字はない」
という有名な下り。
この言葉には、本当に勇気づけられる。
できないと思った瞬間から、すべての挑戦は終わる。
可能である、できる。やれる。と思うことから、そう信じるところから
すべてが始まる。

あとはいかになすべきか。どうすればできるかと考え、実行するのみ。

今、ラグビーのワールドカップが日本で初開催されているが、この大きなイベントも、日本でそんなことができるのか?と言われた時代があったそうであるが
あるひとりの外交ラガーマンの「やろうじゃないか!」という思いが、今日の開催につながったらしい。

いつの世も、常に挑戦する人がいるからこそ、世界が変わる。

大それた挑戦でなくていい、小さな挑戦を臆せず、やり続ける。

そんな生き方をし続けたい。

だから、小さなナポレオンを目指す。

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若者と向き合う時間。

30歳になる若者とコーヒーを飲む。仕事の話のために会ったのであるが、
そちらの話が一区切りしたあと、その青年は
「『人生は観覧車のように』の本を読ませていただきました。いろいろ考えさせられることが書いてありました」
と話を切り出してきた。正直、その若者が8年前にリリースした本を読んでくれているとは驚いた。
一生懸命働いている人、これから責任をもって人を育てていかねばならない人にも、〜人生は観覧車のように~の考え方が伝わるのだと、静かに感動。

「ぜひ、新入社員とか2年生、3年生にも生き方というか、仕事への向き合い方を教えてやってほしいです」とも言ってくれた。

もし自分に子どもがいたら、30歳の子がいてもおかしくない。そんな若者に共感をされることは、とてもありがたく、私自身の刺激にもなる。
年上には恩返し、年下には自分の経験を生かした伝達と、時にはいい意味でのナビゲーション。教育とかいうと大げさだ。導くことが大切で、主役はあくまでもご本人たちだ。
若者との出会いがうれしくてたまらない、今日この頃。

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こっちがしなきゃいけないのに。

ご自身やご家族が闘病されている方たちから、ありがたい応援の言葉をいただいたり、思いがけぬ贈りものが届いたり。


「21周年おめでとうございます。これからも皆に元気に分けてあげてください・・」

と書いてある手紙に、胸が熱くなる。

元気か。そう、元気を与える、元気を伝えるのが私のとりえなのだ。

家族が大変なときに、私に21周年のお祝いだとお手紙や21にこだわったお酒をとわざわざ送ってくださるその気持ちに涙が出そうになる。

「私は明日から手術です。お父さま大変ですがのこと、無理されず頑張ってください。次お会いできるのを楽しみにがんばってきます。」

と、別の方からのメール・・・にも心うたれる。

振り返れば、本当にいろんな人の顔、しかもいろんな表情のお顔が浮かぶ。

私が元気にがんばってね!と言わなきゃいけないのに、
皆さんが心配してくださったり、応援してくださったり。

なんとまあ、ありがたい人生かと。

今度は、こっちがしっかりもっと応援する番だ。


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応援という最高の贈り物。

世の中には、いろんなギフトがある。何か物をあげる、もらうというのも有難いし、自分もそういう機会を考えること自体、少なくない。

ただ、何かをもらって嬉しい以上に、自分のことを気にかけてもらえることが嬉しい、そう、その気持ちが嬉しいのだ。

このたび、創立記念日ということで多くのメッセージをいただき、それぞれに何度も読み返した。儀礼ではなく、心からの応援、激励。これこそが、何よりのギフトだ。

人を助ける、応援する。

このこと自体が立派な贈り物。

不思議なものでこのギフトを受け取ると、もらうだけでなく、自らも誰かにそれを贈りたくなる。

応援というギフト。誰にでもあげることはできないのかもしれないが、あげたいと思える相手とは、信頼関係や尊敬の念があるはずだ。

応援というギフト。

本当にかけがえのない大切な贈り物。

いっぱいもらったら、今度はいっぱいお返ししたくなる。

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ふるさとの歌が、またできた。

先の投稿でも書いたが、わがふるさと、岐阜の長良川の夏~初秋の風物詩は鵜飼い。写真はそのクライマックスのときの写真だ。ちょうど対岸にいて、この水面に移る漁火に感激してシャッターを押した。

この様子から、松尾芭蕉の一句が思い出され、とても共感。

この短い句とこの風景はまさにぴったり合う。
おもしろうて、やがて悲しき 鵜飼かな。

この句に勝手にメロディがついて、すらすらと曲ができた。
タイトルは「やがて・・・」早速、グラン・ルー記念日のコンサートで初披露。
地元の方が多いだけに、大変ご好評をいただいた。

やがて・・・

おもしろうて おもしろうて 
やがて かなしき 鵜飼かな
おもしろうて おもしろうて
やがて かなしき 人の世は   

闇に映える 漁火の夢が
ほどなく消えて 水面落ちる 
闇が包む  すべての時を
見た夢は何 消えて流れて

おいかけても おいかけても
やがて 旅は終わりだと

探しても 探しても
やがて かなしき 人の世は

闇を照らす 漁火ひとつ
ふたつみっつ そしてむっつ
拍手が沸いて 時は止まり
そして闇が包み、終わる。

おもしろうて おもしろうて 
やがて かなしき 鵜飼かな
おもしろうて おもしろうて
やがて 涙 あふれてる 

単純だけれど、ちょっとだけ、侘び寂びを。

 

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おかげさまで、21周年記念日

1998年に脱サラをして、21年の歳月が経った。
今日、9月17日はおかげさまでの創業記念日だ。
35歳で元気よく、勢いづいて広い世界に飛び出し、走り出した小娘も
もういいお年頃。
人生は観覧車のように・・と思い続け、唱え続けて、20年以上、軸を
変えることなく、歩き続けてくることができて、本当に良かった。
登山をする人生ではなく、世界をぐるぐる回る、あるいは回す人生なので、
どれだけ上昇したのかとか、高いところまで登ったのかはわからないが、
とにかくよく回った、回した。という感じだ。
新しい出会いがあれば、新しい観覧車が回り始め、ずっと回っている観覧車も
あり、知らない間にあちらこちらで、「ぼくの観覧車も回っていますよ」
なんて、言ってくれる若手社長たちもいる。
自分の思い、考え、感性に共感、共鳴いただける人たちに囲まれて、
静かに21年目をまた始めることができることは、とてもうれしい。

自分の存在が誰かの、どこかの役に立っていること。

このことを日々感じながら、努力できることに喜びを感じる。

人には生まれながらに、背負うべき荷物があるそうだ。

言い換えれば、役割。

自分に与えられた役割は、コミュニケーションで世の中を元気に優しく

することだ。これは21年経っても、これからも変わらない。

自分の役割をしっかり全うできる、一人前の人間に。

おかげさまで21周年。見守ってくださる全ての皆様に感謝を込めて。

今日は、岐阜新聞でもロビーコンサートを行います。

22年に向け、どうぞ今後ともよろしくご支援ください。


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医療と福祉の現場で働く人への敬意と感謝。

いやはや、本当にお世話にならないとわからない、福祉や医療の世界の大変さ。
日々の仕事では、その業界の方向けの勉強会や、関わりもいろいろもたせてもらっているが、父親がお世話になることになって、本当にこの仕事の大変さや
ありがたみが身に染みる今日このごろ。

経済優先の社会になり、共働きの人が増え、一方、介護や看護を長時間必要とする人も増え、今日の福祉サービスがある。
ふた昔前には、介護サービスはこんなに充実しておらず、在宅介護という言葉もない時代、多くのお年寄りは自宅に住み、家族が世話していた。施設はこんなに充実していなかったと思う。


長寿社会になり、さまざまなサービスが増え、段階別にきめ細やかに用意されている一方、若い人の離職率も高いとも聞く。

若い理学療法士さんや看護師さんが、かわるがわる父の容態を見ながら
サポートしてくださっている。技術だけでは務まらない。程よい接客、コミュニケーションスキルも必要な仕事。多くが老いた患者たち。彼らに優しく向かい、手を取り、足をさすり、体を起こし、食事から排泄の介助まで、、、。

仕事だからとはいえ、本当にありがたい。自分たちではできないことばかり。

敬老の日、改めてこれからの社会に欠かせないのは医療、福祉サービス。

この仕事に取り組むみなさんに今、改めて感謝したい。

世界一高齢者を多く抱えるこの国の行方は、しれないが、、、。


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一生懸命泳ぐマグロ

いつもいつも動いている。仕事をしている。何かしている。
仕事もそれ以外も、気が付けば、いつも止まることなく、泳ぎ続けている。

ある経営者の方が、90歳を越えても、まだとにかくお元気に動かれており、
「わしゃ、まぐろですわ。止まったら死にますわ」
笑いながら、そんな言葉を元気に発しておられた。

おそらくマグロ人間科の人は、生まれながらずっと泳ぎ続けるようにできている。

私もおそらく、マグロ人間科に属するのかもしれない。
とくに、最近は、深さや対岸が見えない海を泳ぐことになって、とにかくおぼれないようにと必死に泳いでいるような気がする。

それこそ、止まったら沈んでしまう。だから、今は気を付けながら、気を張って
一生懸命に泳ごうと思っている。
疲れるけれど、今はいつも以上に泳がなければならない。
と、そんな時期が人生には何度かある。

自分が沈んでは、自分がおぼれてはいけない。ちょっとどきどき。

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それどころじゃないんです。

台風の影響で、まだ停電している地域があると知り、心が痛む。
電気も通信も使えない。
便利なこの時代、このライフラインが絶たれると、生活はままならぬ。
しかもこの暑い時期・・・。
千葉の皆様に、早く元通りの生活ができるよう、心からお祈りしている。
大変な状況のなか、まったく違う世界のことのようにモーニング姿の記念撮影の
報道・・・。
こんなセレモニーやっている間に、被災地に目を向けて何かすれば?と
改めて、怒りがこみあげてくる。

それどころじゃないんです。

どんな美辞麗句も関係ない、今日か今か、を迫られている人たちが世の中にいる。困っている人にすぐ手を差し伸べてくれる人、声をかけてくれる人、本当の意味で言葉だけでなく、寄り添ってくれる人がホンモノだ。

それどころじゃない。
報道の世界とは別に、そんな思いでいる人たちがたくさんいる。



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仕事をより楽しくする出張生活。

東京から名古屋に移ってきて大きな喜びのひとつは、京都が近くなり、私に散っては、隣町感覚になってきたこと。

おかげさまで仕事や用事、懐かしい人々との交流が再び始まり、気がつけば毎月が毎週ぐらいの頻度で訪れることになり、今週は週3回ペース。

住めばいいのに、というほどもいてくれるほど、有り難い動きになってきている。

京都はやはり千年の都。

東京とは違うジャパンプライドを感じる街だ。

東京京都を毎日行き来していた頃を懐かしく思い出す。

通うことが楽しいのは、幸せだ。

また来よう!と思えるように、仕事にも精が出る。

おそらく、好きな街で仕事ができるということは、モチベーション的にも大変効果的だ。
多すぎる外国人観光客を横目に、仕事をするステージとしての京都を楽しむ。
東京でも、名古屋でも、新潟でもない、KYOTOならではの魅力があふれている
のは今も昔も変わらず。

さあ、今日も元気に今週3回目の京都へ出かけよう。新たな出会いも、目覚めも学びも全部ありがたい。これらが、私にとっての京都土産でもある。

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