いやいや、早いものだ。思い出すと、もう4ヶ月も前のことになる。
場所は、恵比寿のレストラン。クリスマスイブナイト。テーブルは予約のカップルで満席である。普段の営業より照明を少々暗くして、各テーブルに小さなキャンドルを燈す。
クリスマスソングのレパートリーを用意してきたピアニストMahsaは演奏に必死である。一夜漬けはつらい。
そんなとき、客席から少しワインに酔ったらしき青年がふらりピアノに近づいてきた。
「あの、戦場のメリークリスマス弾けますか」リクエストである。これは弾かねばなるまい。しかし、あの曲は有名すぎて間違えてはいけない。「はい、弾けると思います。」緊張して戦メリを奏でる。滞りなく、なんとかラストまで弾けた。ほっとする。すると、その青年の席から拍手。演奏を終えた私は、お客さまのテーブルへ。かわいらしい彼女とご一緒であった。
聞くところによると、このカップルは今日独身最後のクリスマスを過ごすために、東京へやってきたという。そして奮発して恵比寿にある有名ホテルを予約。そしてディナーには友人が推薦してくれたこの店を選んだという。
なんとまあ有難いことよ。メモリアルな夜にリクエストを受けてしまったわけだ。そして、このカップル、3月に結婚するという。それはよかったですねといって、記念写真でも撮ってさしあげましょうとかいっているうちに、彼女が「Mahaさんの演奏が披露宴に流れていたら最高だよね」。その言葉を聞いて、いつものごとく調子にのってしまった私は「では、演奏に伺いましょうか?」と無意識に。すると「え??いいんですか。松本まで来てもらっても…」かくして、私は3月24日、松本まで演奏に出かけることになった。(律儀にも、その素朴なカップルは事前の打ち合わせにもう一度、東京まで私に会いにきてくれた。はるばる松本からバスに乗って…)
3月24日晴天。あずさ7号に乗った。なぜか「狩人」という歌手のことを懐かしく思い出しながら。あの電車は少しセンチメンタルになる。出張で乗るのぞみとは、趣きが異なる。「旅立つ」気持ちになるのは何故だろうか。
披露宴は夕方からである。ということは、帰りの時間にはもう東京行きの特急はない。
徹夜明けに近かった私は、車内でひたすら指を動かす。クリスマスの演奏より緊張が高まる。
立派な披露宴での演奏だ。間違えるわけにはいかない。盛り上げなければならない。なんでこんなこと引き受けたんだろう…と思いながら、列車は松本へ近づいていく。
松本駅で景気付けに?そばをいただき、タクシーで会場へ。大変立派な会場である。もう式もはじまっているようだ。今日の演奏はピアノではない。もう20年もご無沙汰しているエレクトーン、しかも最新の機種らしい。へんなボタンを押すととんでもないことになる。それも緊張の原因である。そんなこんなで時間が近づき、会場に入る。披露宴の舞台裏は凄い!すばらしい勢いと段取りで瞬時に宴会の片付けと準備が相整う。感動する。松本中の働き者を集めたのではないかと思うほどのテンポである。
会場に本日の司会者がすでにスタンバイしていた。今どき珍しいオールバック&リーゼント風の演歌歌手のようなかっこいい男性である。プロの司会者かな?「こんにちは。はじめまして…」彼はあのカップルの行きつけのスナックのマスターだそうだ。一気に打ち解けた。
新婦のリクエストである「G線上のアリア」で新郎新婦の入場が始まった。厳かな雰囲気、ここでとちらなければあとは上手くいく。無事滑り出した披露宴。途中でパワーポイントによる(今どきは披露宴でもこれを使うのだ)新郎新婦の紹介タイムがあった。彼らの生い
立ちと出会い、そして結婚にいたるまでのスライドショーである。その間も必死にBGMを弾いていたのであるが、最後に出た写真がなんと、私が恵比寿で撮った写真であった。「そして、ふたりは独身最後のクリスマスを東京で過ごし、この1枚の写真をその店のピアニストに撮ってもらいました。そのピアニストさんは、今日この会場に来てくれています。」というナレーション。思わず演奏の指が止まりそうになる。なんというココロにくい演出か。
宴もたけなわ、そろそろクライマックス、披露宴最後の花束贈呈である。ここも新婦よりリクエストのあった「セナのピアノ」で盛り上げなければならない。静かなイントロが滑り出したとき、それまでにこにこはしゃいでいた新婦が言葉をつまらせた。「マーサさん、ここは泣かせどころですので、よろしくお願いしますね」と事前打合せにいっていた本人がもう泣いている。いかん、これは。
会場はし〜〜んと静まりかえり、すすり泣きが聞こえてくる。そして、泣き虫マーサも演奏しながらずーずーやっている。
……そんなこんなで披露宴は最高潮に幕を閉じた。